
Miu Miu:ミセス・プラダのもう一人の自分
MIU MIU(ミュウミュウ)は、プラダ・グループが所有するファッションブランドの一つ。〈プラダ〉の二代目デザイナーミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)が手がけた妹ブランドである。
エレガンスとアヴァンギャルドを融合した〈プラダ〉とは全く異なり、チャーミングで気ままなブランドとして展開された。ファッションとアートの新しい地平を開拓するブランドとしても国際的な評価を得ている。
創業者ミセス・プラダ
関係者から敬意を込めてミセス・プラダと呼ばれるミウッチャ・プラダは1949年5月10日、マリア・ブランキとしてイタリア、ミラノに誕生。父ルイージ・ビアンキは自身の会社を経営し、母ルイーズ(Luisa)は実家の家業である皮革店Fratelli Prada(フラテッリ・プラダ 現プラダグループ)の一員であった(1958年には母ルイーザが代表に就任)。
社会活動に専念していた大学時代
裕福な家庭で育った彼女は政治家を目指しミラノ大学政治学部に入学。大学在学時はイタリア共産党員、そして女性連合のメンバーとして活動し、当時台頭していた第二派フェミニズム運動に力を入れていたという。当時、活動家の間ではファッションに気を遣うことはタブーとされていたにもかかわらず、彼女だけはイブ・サンローランの服を着てデモに参加していたというエピソードも。
右 親友のManuela Pavezi(幼馴染で写真家・スタイリスト) 左 ミウッチャ・プラダ 1968.
政治学からパントマイム芸人へ
1973年に政治学の博士号を取得したものの、彼女が次に選んだのは政治の世界ではなかった。ミラノの劇団「ピッコロ・テアトロ」に入団し、5年間パントマイム芸人として活動。しばしば路上でパフォーマンスを披露した。
一方で、人前で話すのが嫌いだった彼女は徐々に家業に携わるように。当時のファッション業界はフェミニストとして生きるには厳しい環境だったが、1978年に正式に参加した。初期は母ルイーザのアシスタントとして、残っていた二店舗のうち1店舗を経営。その後、母の後を継いで1店舗にまで縮小していた店のマネージャーとなった。
そしてこの年、のちに夫となるパトリツィオ・ベルテッリ(Patrizio Bertelli)と知り合う。彼は見本市で〈フラテッリ・プラダ〉のコピー品を売っていた皮革製品メーカーの経営者で、最初の会話は喧嘩だったそうだ。
翌年、彼女はヘッドデザイナーとしてベルテッリと協力しながら会社を復活させるべく動き始めた。1984年には家業との結びつきを強めるため、おばの養子に入る形で自身の名前を正式にミウッチャ・プラダと改めた。ミセス・プラダの誕生である。
Miuccia Prada, 1982. Photo: Maria Mulas
〈ミュウミュウ〉の立ち上げと軌跡を年表でみてみよう
創設&ミラノ・スピガ通りに初のブティックをオープン-1993
ブランド名は、ミウッチャの家族内でのニックネーム「Miu(ミュウ)」に由来。〈プラダ〉が持つクラシックな美学から離れ、ユニークで自由なデザインを模索した。
初のランウェイ@NY -1994
デビューコレクションはニューヨーク・ファッションウィークで発表。「カウガール」をテーマにしたコレクションで、牛革、スエード、フリンジ、プレーリースカートを特徴とした。祖父の高級志向から離れ、ユニークで遊び心のあるスタイルを打ち出したこのショーは印象的な幕開けとなった。
「cowgirl」のコンセプト1993 fall winter
〈ミュウミュウ〉の象徴的なキャンペーン-1994
最初のキャンペーンは、この年の春夏に打ち出される。ケイト・モス(Kate Moss)をブレイクさせた伝説の写真家コリーヌ・デイ(Corinne Day)が監督を務め、モデルにはローズマリー・ファーガソン(Rosemary Ferguson)を起用した。これは、〈プラダ〉の理知的な洗練さから離れ、より遊び心と反抗的なエネルギーを取り入れた〈ミュウミュウ〉を反映、若々しい美的感覚が際立っていると絶賛された。
MIUMIUガールの登場-1995〜
ミセス・プラダの数ある才能のうちの1つは、現代の次のイットガールを見つける能力だ。デビューコレクションから2年後のこの年、彼女は当時20歳のドリュー・バリモア(Drew Blythe Barrymore)をキャンペーンガールに抜擢した。女性像を明るくナチュラルに切り取ることで有名なドイツ人写真家、エレン・フォン・アンワース(Ellen von Unwerth)が撮影。
1996ssキャンペーンのドリュー・バリモア©lofficielsingapore
「アグリー・シック」の誕生-1996SS
ドリュー・バリモアのすぐ後にはクロエ・セヴィニー(Chloë Sevigny)が登場し、ケイト・モスやミラ・ジョヴォヴィッチ(Milla Jovovich)とともにこのショーでキャットウォークデビューを果たした。次世代のイットガールを次々と生み出したショーとなった。
またこのコレクションは、その後数十年にわたるミウッチャのデザイン美学「アグリー・シック」なスタイルへの出発地点ともなり、アボカドグリーン、キッチュな花柄、ブラウンのチェック柄といった70年代の定番アイテムを、クロエ・セヴィニーのような、90年代の若年層向けに再解釈したものだった。
こうした初期のコレクションは、〈プラダ〉と異なる素材使いやディテール、そしてコーディネートの自由さが特徴的だった。
メンズライン登場-1999年〜2007
メンズライン初のショーが開催。コレクションは主にリラックスしたテーラリングで構成され、腰周りには機能的なユーティリティベルトがあしらわれていた。また、現在では先鋭的と評価されるシューズも、当時は酷評を受け話題となった。(2007年にメンズ市場から撤退)
マドンナが履いたブーツが話題に-2004年
マドンナがこの年のツアーで着用した、特注の黒レザー&ゴールドバックルのブーツが一躍話題に。
パリコレでのデビューコレクション-2006
このコレクションでは、「ミッドセンチュリー(1940〜1960年代生まれの建築デザインの総称)」の宇宙ブームを現代的に再解釈。パステルカラーのAラインドレスに散りばめられた不規則な星型模様や、60年代を象徴するビーハイブヘアなど、この後ブランドのDNAの一部となる漫画的なアイデアが注目された。
また、このショーから、現代建築の先駆者として名を馳せる建築事務所AMO/OMAが全てのショースペースやイベントのデザインを手掛けた。
「Miu Miu Woman’s Tales」プロジェクト開始-2006〜
女性映画監督によるショートフィルムシリーズを制作を開始。女性監督の支援を目的に、さまざまな女性の視点を切り取ることで、〈ミュウミュウ〉のファッション哲学を表現した。『グローリー/明日への行進』などで知られる、エイヴァ・デュヴァーネイ(Ava Marie DuVernay)、『ゆれる人魚』のアグニェシュカ・スモチンスカ(Agnieszka Smoczynska)などの監督も参加。
プリント柄が大ヒット-2010SS
このコレクションは、ロリータドレス、アニマルプリント、ヌードラウンジウェアを取り入れ、「若々しい」という言葉に全く新しい意味を加えた。襟つきアイテム、メリージェーンシューズ、そしてアイコニックな猫柄を特徴としたこのコレクションは、2010年代初頭の「トゥイー」な美学を象徴する存在に。このスイートなプリント柄のアイテムは、クロエ・セヴィニー、デイジー・ロウ、コートニー・ラブといった当時のイットガールたちの間で大ヒットした。
小物にスポットライトが-2011AW
ファッション小物が注目されたこのコレクション。1950年台のピンナップ風サングラスや、グリッターヒールが発売されベストセラーとなった。小物以外には、大ヒットを記録した前年のコレクションにインスピレーションを受けたアイテムが登場。襟付きドレスやプリント柄に、花柄のビーズやスパンコールがあしらわれ、前年よりも大柄にブラッシュアップされた。
miumiuクラブ-2012〜
世界観をより表現するために、クラブ活動を開始。個性を情熱的に表現する解放的な女性のコミュニティと、あらゆるファッションとカルチャーの結合を目指している。
この年、ロンドンで最初のクラブイベントを主催し、2021年にはニューヨークで「ミュウミュウ ニュイクラブ」を。2022年にはロサンゼルスでテニスクラブをオープンし、2023年には東京にも。アーティストの大河紀がこのイベントのために制作したキービジュアルが印象的だ。また、同年7月にはカリフォルニアのマリブピアに「サマークラブ」をオープン。現在も、世界各国でさまざまなクラブ活動、イベントを開催している。
フレグランス市場へ-2015SS
初のフレグランスは、ミセス・プラダ本人に着想を得て、調香師のダニエラ・アンドリエ(Daniela Andrier)が調香。意外性に富んだクリエイションと、控えめでありながら悪戯っぽさを備えたブランドの側面が表現された。ボトルはブランドのアイコンであるマテラッセバッグをイメージしてつくられたそう。
〈ミュウミュウ〉初のフレグランス ©️GLAM OBSERVER
アップサイクルコレクション-2020
世界中のヴィンテージ衣料品店や市場から厳選したドレスをリメイクした特別コレクション「ミュウミュウ アップサイクル」。ヴィンテージウェアに新たな命を吹き込んだ。人から人へ、過去から現在、未来へと受け継ぐことで豊かな未来を目指す。2024年にはドレスだけではなく日常着にも着手。
2020年アップサイクルコレクション©Glam Observer
天才スタイリストの抜擢-2021AW
カルト的なヴェトモンのショーを作り上げてきたロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)が新たにスタイリストに就任し、初めて手掛けた2021年秋冬コレクション。これはパンデミックの影響を受け、ムービー形式で発表された。
ハイキングが大好きなミセス・プラダが次の舞台に選んだのは、イタリア北東部のドロミテ山脈の麓に位置するリゾート地コルティナ・ダンペッツォ。壮大な雪山を背景に、実用的なスポーツウェアとファッションの融合を追求したコレクションが展開された。
テーマは「防寒」と「ファッション」の融合。ロマンティックな要素と実用性を兼ね備えたデザインが特徴だ。スカートやビキニ(!?)でスキーをしていたミセス・プラダの若かりし頃の思い出がインスピレーション源。全身を覆うボリューミーなスキーウェアは、サテン生地でフェミニンに、一方でスリップドレスやブラレット×スカートのセットアップといったアイテムは、温かなウール素材を用いたり、重めのロングコートと合わせることで“雪山仕様”に仕上げられている。
ヴォルコヴァによるユニークなスタイリングが際立つこのコレクション。対照的な要素を組み合わせた遊び心あふれるアプローチによって、〈ミュウミュウ〉ならではの新たなエレガンスを生み出した。
Y2K復活!「マイクロミニ」が登場-2022SS
超クロップド丈のセーターとローウエストのミニスカートが特徴的なこのコレクションは、〈ミュウミュウ〉の「イット」な名声を改めて確立するものとなった。
ミセス・プラダは、このコレクションを通じてY2Kブームに独自のひねりを加え、マックブリング(ハイエンドで煌びやかな世界観)やアバクロンビースタイル(ローライズのボトムスやウルトラクロップトトップスなど)の象徴的な要素を融合。当時のアイコンであるパリス・ヒルトン(Paris Whitney Hilton)やブリトニー・スピアーズ(Britney Jean Spears)を思い出させる懐かしさと、斬新なモダンな感覚を兼ね備えたアイテムへと昇華させた。
“バレエコア”ブームのきっかけに-2022AW
2023年後半から爆発的な人気を誇る“バレエコア”(レッグウォーマーやバレエシューズ、クロップトップとチュチュスカート、リボンなど、バレエの要素を取り入れたフェミニンなスタイル)。ブームのきっかけになったと言われているのもこのコレクション。
さらにこのコレクションでは、メンズモデルも起用し、ジェンダーの枠を超えたマスキュリンなワードローブも提案。女性性からの解放をも目指した。
文学クラブ「MIU MIU LITERARY CLUB」スタート-2024〜
このクラブは歴史と教育への理解を深めつつ、女性の生き方についての対話を促進することを目的に設立された。4月にミラノで開催された「MIU MIU LITERARY CLUB」を皮切りに、6月には「SUMMER READS」と称したイベントをミラノ、パリ、ロンドン、ニューヨーク、ソウル、上海、香港、東京など世界各地の都市で開催。決められた題材にまつわる本を俳優が読み上げ、女性作家たちのトークショーが行われた。
東京では、代官山T-SITEのメインストリートで、6月8、9日にかけて行われ〈ミュウミュウ〉のスペシャルパッケージに包まれた書籍とアイスキャンディーが配布された。
©︎FASHIONSNAP
無垢な記憶を纏う、自由なレイヤード-2025SS
純粋無垢な子供時代にインスピレーションを受けたというこのコレクションのタイトルは、『SALT LOOKS LIKE SUGAR(塩は砂糖のように見える)』。セーターの裾を胸元で結んでビスチェ風にアレンジしたり、ジャンルやテイストにとらわれない自由なレイヤードなど斬新なスタイリングが目を引いた。
さらに、老舗ベビー&キッズ服ブランド〈プチバトー〉とのコラボTシャツもお目見え。タイトなシルエットに、〈ミュウミュウ〉と〈プチバトー〉のダブルロゴが胸元にさりげなくあしらわれている。
ランウェイのラストには俳優ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)が登場するなど、多彩なモデルキャスティングも注目を集めた。
おわりに
ミウッチャ自身はドローイングすらできないそうだが、「自分が何を着たいのか」をはっきりと認識していた。その確かな感覚と、深い教養に裏付けられた直感を武器に、ファッションの世界で成功を収めたミウッチャ・プラダ。〈プラダ〉がミウッチャの理知的で構築的な側面を象徴するならば、〈ミュウミュウ〉は彼女の自由な感性や理想、そして憧れを映し出す存在なのかもしれない。
References
- PRADA GROUP 「miumiu」
- VOGUE JAPAN「「成功に関心はない。志を持ち、いい人でありたい」。ミウッチャ・プラダのこれまでの軌跡と心の内、15,000字インタビュー」
- VOGUE JAPAN「ミウッチャ・プラダとケイト・ブランシェット──フェミニズム談義。」
- nss magazine「Thirty years of Miu Miu」
- i-D「7 of Miu Miu’s most iconic collections」
- DAZED「A brief history of Miu Miu’s forgotten menswear line」
- DAZED「How Miu Miu became the coolest brand in the world」
- Crash「MIU MIU LITERARY CLUB: CELEBRATING WOMEN’S VOICES THROUGH WRITING」
- fashionsnap「ミウッチャ・プラダの陰に天才ロッタ・ヴォルコヴァあり 絶好調ミュウミュウ」