
A.P.C:クラシックでポスト・ラグジュアリ―なブランドの特異性
A.P.C(アーペーセー)の文字が描かれたTシャツを街中で見かけたことがある人は少なくないのではないだろうか。「エーピーシー」と呼んでしまいそうだが、「A.P.C」と綴り「アーペーセー」と読む。
アーペーセーはデニムやミニマルなTシャツなどを得意とする、着る人の日常に寄り添ってくれるブランドだ。
本記事では、アーペーセーの歴史やブランド哲学を読み解きながら、アーペーセーの意外な一面も掘り下げていこう。
SPRING 2023 READY-TO-FASHION© Courtesy of A.P.C.
A.P.C(アーペーセー)とは何者か
アーペーセーは、Jean Touitou(ジャン・トゥイトゥ)という人物が立ち上げたフランスのファッションブランド。1987年からスタートしたアーペーセーは、時代や国を超えてひろくながく愛され続けている。
Why the name 「A.P.C」?
「A.P.C」というアルファベットには、アーペーセーのもつブランド哲学が込められている。「Atelier de Production et de Creation」の頭文字をとって、「A.P.C」と名付けられた。意味は、「制作と創造のアトリエ」だ。
シンプルな名前のなかには、アーペーセーというブランドがファッションに対して持つ姿勢が表れている。それは、華美な装飾や過剰な演出ではなく、本質的なデザインと実直なものづくりを追求する姿勢でもある。アーペーセーのクリエイションは、トレンドに左右されないいわば「静かなる主張」だ。
アーペーセーの創設者ジャンとアートディレクターを務める妻のジュディスの自宅にて─Instagram@apc_paris
A.P.C.の服は、一見すると控えめでミニマルだが、その背後には計算されたシルエットや素材選びへのこだわりがある。このブランド名は、40年間ちかく(アーペーセーは2025年で38周年を迎える)流行に左右されることなく、長く愛される服を作り続けるという哲学の象徴でもある。
ジャン・トゥイトゥという哲学者
アーペーセーの創設者の名は、Jean Touitou(ジャン・トゥイトゥ)という。ジャンは1951年のチュニジアに生まれた。彼は、30年以上アーペーセーを牽引しつづけ、ながく人々に寄り添うようなファッションを生み出し続けている。
ジャン・トゥイトゥと日本
ジャンは1951年にチュニジアで生まれ、9歳で家族とともにフランスに移住する。ソルボンヌ大学に進学後、歴史学と地理学で学士号を取得したのち、1977年からは高田賢三率いるKENZO(ケンゾー)に参画するという異色の経歴を持つ人物なのだ。
また、アーペーセーの歴史を辿ると、その時々に日本との関係も見ることができる。
1979年には、agnès b.(アニエスベー)のショップオープンにも携わるが、1987年にはアーペーセーをスタートするに至る。そして、アーペーセーの海外発のショップは東京の代官山であった。
ジャン・トゥイトゥのオーセンティックな哲学
「特別になろうとしないことです。何か特別なことをしないことです。※1」と語るジャン。だからこそ、アーペーセーのクリエイションは日常に馴染む。
アーペーセーのデザインは、チームで行われるため個人の独創性を前面に押し出すのではなく、普遍的で機能的なスタイルへと昇華される。
アーペーセーは、ラグジュアリーともファストファッションとも異なる立ち位置を貫いてきた。派手すぎるロゴや過剰なデザインを排し、素材そのものやシルエットという「衣服」への本質的なこだわりを強めたブランドなのだ。
上段:アーペーセー青山店にて。ジャン(右)とキルトの作品を多く手掛けるデザイナーであるジェシカ・オグデン(左)©&Primium 下段:FALL 2022 MENSWEAR MENSWEAR©Courtesy of A.P.C.
アーペーセーの哲学を反映させたアイテム
アーペーセーのアイテムは、ジャンの哲学的な思索をチームが物理的に編み上げることで完成する。
ジャンはインタビューで「哲学だけからインスピレーションをもらってたな。人間は世界をどうしていけばいいのか?進化なのか、それとも革命なのか?※2」と答えている。哲学が着想源となっているからこそ、それを体現したアーペーセーのアイテムは普遍的なのかもしれない。
©A.P.C.Official ©PR TIMES
「育てるデニム」──A.P.C.の顔、A.P.C.DENIMのラインナップ
アーペーセーのデニムの特徴は、かためで加工を施さないストレートカット。デニムパンツによくあるヒップ部の革パッチなど、装飾がない潔いシンプルさが特徴だ。
〇「A.P.C.DENIM」誕生秘話
このアーペーセーを代表するデニムアイテム「A.P.C.DENIM」が生まれたのは、実はジャン自身の身に起きたトラブルがきっかけとなっている。
ジャンは、ブランド設立直前に、スペインはバルセロナへ出かけた際にロストバゲージしてしまった。その際にお気に入りのデニムをなくしてしまったジョンは、新しくデニムを買おうとするも気に入ったデニムが見つけられなかったそうだ。そこで、自分が履きたいと思えるデニムを作ろうと思ったことが、「A.P.C.DENIM」誕生に繋がっている。
多様なスタイルと経年変化を楽しむ「デニム文化」を担った「A.P.C.DENIM」には、いくつかの種類がありそれぞれ異なる特徴を持っている。スタイルに合わせて選ぶといいだろう。
JEAN STANDARD
〇JEAN STANDARD
1987年に発表されたアーペーセーの初コレクション「Hiver’s 87」は、ジャンの身に起きたトラブルがきっかけとなって生み出された偶然の産物とも言える伝説のコレクション。その最初の型が「JEAN STANDARD」だ。ストレート型かつハイウェストで、比較的ゆったりとしたつくりとなっている。
©︎A.P.C
〇NEW STANDARD
ユニセックスモデルで、「JEAN STANDARD」と同じくストレートの型だ。アーペーセーのなかでも、かなりベーシックなモデルだが、ウェストの位置は「JEAN STANDARD」よりも低めのミドルウェスト。ただし、サイズによってタイトにもバギーにもジャストにも調節しやすいという特徴を持っている。
手持ちの服やスタイルに合わせて調節するといいだろう。
©︎A.P.C
〇PETIT STANDARD
「PETIT STANDARD」は、「NEW STANDARD」の型がベースになっており、より日本人の体形にフィットしたつくりのデニムだ。「NEW STANDARD」より股下が浅く、ヒップ回りがすっきり見えるところがポイント。また、足首に向かってややスリムになるため、スタイルアップ効果がある。
©︎A.P.C
〇PETIT NEW STANDARDS
「NEW STANDARD」と「PETIT STANDARD」双方のよさを併せ持った「PETIT STANDARDS」。すっきりとした腰回りでありながら、窮屈さを感じさせずすとんと落ちたストレートなシルエット。カジュアルすぎず、エレガントさの漂うタイプだ。
©︎A.P.C
〇FAIRFAX
ゆったりとしたシルエットの「FAIRFAX」。ローウェストかつワイドなシルエットが肩ひじ張らない等身大のスタイルを可能にする。
©︎A.P.C
〇SEASIDE
ウィメンズのデニムは、ストレートでありながらヒップを包み込みスタイルをよく見せてくれるタイプが登場。フレアーカットの「SEASIDE」はポケット部分のステッチが特徴的だ。
©︎A.P.C
〇HIGHT STANDARD
ジャストウエストかつラインに沿ったタイトなタイプ「HIGHT STANDARD」。脚をうつくしく見せてくれるタイプで、Tシャツやワイシャツだけでなくジャケットにも合わせやすい。
©︎A.P.C
〇NEW SAILOR
「セーラー」という名前の通り、セーラー服のパンツを想像させるクロップドレッグのタイプ。ハイウエストかつクロップドのため脚長効果があり、クラシックでありながらモダンな印象を与える。アーペーセーらしいミニマルなデザインだが、独特の丈感がアクセントとなりスニーカーやローファーとの相性も抜群だ。
©︎A.P.C
〇ELISABETH
70年代のスタイルを彷彿とさせる、存在感のあるワイドレッグシルエット。動くたびに揺れるやわらかなシルエットが特徴で、どこかノスタルジックなムードを漂わせるデザインだ。モダンなスタイリングにもクラシックなスタイルにもなじむ一本。
©︎A.P.C
日常にフィットする等身大のウェア
アーペーセーのデザインには、ワークウェアやアウトドア感を彷彿とさせる要素がさりげなく息づいている。堅牢なファブリックや機能的なディティールが特徴的でありながら、それらが主張しすぎることはなく、むしろシンプルなラインと洗練されたシルエットのなかに溶け込み、アーバンで端正なスタイルを生み出している。
また、アーペーセーの魅力のひとつに、「見たことがあるのに新鮮」と感じさせるパターンメイキングの妙がある。決して気を衒うわけではなく、どこまでもミニマルで無駄のないフォルム。それでも、袖を通せば驚くほどモダンに映るのは、アーペーセーがもつ確かなセンスと技術の賜物だ。
アーペーセーのアイテムを取り入れたスタイリングを紹介する。
日常を彩るアーペーセーのトートバッグ
シンプルながら一目で「アーペーセー」と分かるトートバッグは、上質な生地が醸し出すさりげない品の良さが魅力。どんなスタイルにも自然と馴染み、肩にかけるだけで洗練された印象を与えてくれる。
また、ロゴの配置やカラーリングにもアーペーセーらしいこだわりが光る。大きすぎず小さすぎない絶妙なサイズ感は、ノートPCや雑誌をすっきりと収容できる実用性を兼ね備え、日常使いにぴったり。シンプルだからこそ、使い込むほどに愛着がわく一品だ。
アニマル・アイテムの展開
デニムパンツやトートバッグなど、リアルクローズなアイテムが強みの一つであるアーペーセー。いわば、充実したライフスタイルのためのブランドともいえる。そのアーペーセーがお届けするユニークなアイテムが「A.P.C. TOUTOU / A.P.C. DOGGY」。
「あなたの相棒のために考え抜かれたサイズのアクセサリー※3」として、アニマル・アイテムが展開された。
A.P.C.の進化──コラボレーションが生んだ化学反応
ラグジュアリーでもなく、ファストファッションでもなく。ファッションの本質を突くように、質やシルエットに拘ってきたアーペーセーのスタイルは、アートや音楽と自然に共鳴する。
実際に、ジャン自身もミュージシャンとの交流が深く、ファッションとカルチャーの懸け橋としての役割も果たしてきた。
ジャンとBrain Dead 創設者 Kyle Ng@farmtacticsが「Pale Blue Eyes」をカバー Instagram@apc_paris
アーペーセーとしても、様々なブランドとのコラボレーションを発表している。ミニマルだからこそ、どんなブランドともマッチするのだ。
コラボレーションについて、ジャン自身は以下のようにインタビューに答えている。
90年代から私たちは頻繁にコラボレーションをやってきました。〈マルティーヌ シットボン〉〈MILKFED.〉〈PORTER(吉田カバン)〉などと。コラボレーションに際してはミュージシャンの考え方で臨んでいます。昔ニューヨークのスタジオでレコーディングをしていた際、プロデューサーにここにジミ・ヘンドリクスのドラマーを入れようと提案され、気がつきました。ファッションはあまりにエゴイスティックなのではないかと思うんです。私はほかの分野でより優れた才能と仕事をするのが好きなんです。※4
ジャンとカニエ・ウエスト©Courtesy of A.P.C.
「ファッションはあまりにエゴイスティック」とは、とても印象的な表現だ。だからこそ、異なる才能と共鳴しながら新たな価値を生み出す――その姿勢こそが、A.P.C.のコラボレーションの根幹にあるのだろう。
コラボレーションの相手は、前衛的なストリートウェアブランド・YEEZY(イージー)の創設者、カニエ・ウェスト(Kanye West)や日本を代表するブランド、SACAI(サカイ)、個性的でアートなエッセンスをもつJW ANDERSON(ジェイダブリュー・アンダーソン)、ワークウェアブランドのCarhartt(カーハート)、ポケモンなど、バリエーションに富んでいる。今後のコラボも期待したい。
A.P.C.の変幻自在な顔─カニエ・ウエストとのコラボレーション
数々のアーティストやブランドとコラボレーションをしてきたアーペーセー。そのなかでもとくに大きな反響を呼んだものを紹介しよう。
そのひとつが、2014年秋のコレクションで発表されたカニエ・ウェストとのコラボレーション。カニエは、ラッパー、音楽プロデューサー、ファッションブランド・イージーの創設者、4児の父と複数の顔を持つ人物だ。
過激な言動でしばしばメディアを騒がせている印象もあるカニエなだけに、アーペーセーのコラボレーションは意外に思うかもしれない。しかし、カニエはジャンの生徒のように、アーペーセーのアーカイブをもとにアップデートさせたコラボコレクションをつくりあげた。
ダメージの入ったデニムや膝下に皺が寄るデニム、ファー付きのモッズコートのようなアウターは、カニエのビジョンと現代ストリートウェアの要素がアーペーセーの要素に組み合わされている。
FALL 2014 MENSWEAR©Courtesy of A.P.C.
「ハイブリッドな美学」─SACAIとのコラボレーション
アーペーセーは、2019年から「Interactionプログラム」として外部クリエイターや様々なブランドとコラボレーションをしている。そのひとつが、阿部千登勢が手掛けるサカイだ。
このコラボレーションでは、アーペーセーのシグネチャーであるデニムとサカイが得意とするMA-1をドッキングさせたアイテムや、それぞれのロゴを組み合わせてプリントしたトートバッグなどが登場。
アーペーセーらしいベーシックな素材を活かしながら、サカイの複雑なディティールを組み合わせて、新鮮なバランス感覚を生み合わせている。
A.P.C. sacai INTERACTION #9©A.P.C. sacai INTERACTION #9
サブカルチャー・ミックス─ポケモンとのコラボレーション
ライフスタイルに寄り添うアーペーセーらしいコラボといえば、ポケモンとのコラボレーション。アーペーセーのロゴのうえで寝るピカチュウがプリントされたスウェットやピカチュウの絵柄が施された「NEW STANDARD」デニム、マリニエール(紺色と白色のボーダーカットソー)が話題を呼んだ。
クラシックなアイテムが多数登場したが、これはポケモンが登場した1999年代の空気感を反映しているのだそう。
©2023 Pokémon / Nintendo / Creatures / GAME FREAK.
ポケモンは、でんきタイプの「ピカチュウ」だけでなく、くさ・どくタイプの「フシギダネ」、ほのおタイプの「ヒトカゲ」、みずタイプの「ゼニガメ」が登場した。さまざまなタイプのポケモンたちが仲良く勢ぞろいしているところがポイントだ。
A.P.C.はどこへ向かうのか?
コラボレーションに見られるように、アーペーセーは常に“今”と対話しながら、ブランドとしての立ち位置を問い直してきた。しかし、それは決して流行に迎合するという意味ではない。むしろ、一過性のトレンドに飲み込まれることなく、普遍的な美意識と個性をどう共存させるかという問いに、アーペーセーは向き合っている。
近年では、サステナブルファッションへの取り組みも強化されている。たとえば「A.P.C. Recycling Program」は、アーペーセーのカスタマーがアーペーセーの購入品をストアクレジットと引き換えに持ち込むことができるプログラムだ。
カスタマーとブランドが一体となって取り組むサステナブルファッション。ファッションを通して、身の回りの環境や社会に思いを馳せるきっかけとなっている。
©Courtesy of A.P.C. 右:リサイクルポリエステルのショッピングバッグ
アップサイクルをカスタマー自身が体験できる取り組みも。アーペーセーはカフェの運営も行っており、そのカフェを会場としてワークショップが開かれた。 バッグに、ストラップやレザーアイテムを組み合わせてオリジナルのバッグを作るワークショップだ。これらのすべてのチャームは、デッドストックの素材や過去のコレクションの生地を用いて作られている。
アーペーセーが目指すのは、派手さではなく「静かな革新」。使い捨ての流行ではなく、時間とともに愛される服だ。
デザインが主張しすぎるのではなく、着る人の個性をひきたてること。流行の消費者ではなく、自分のスタイルを築く人のための服をつくること。アーペーセーの哲学は、そんな静かな自信に裏打ちされているのだ。
コラボレーションやアップサイクルといった挑戦を続けながらも、その本質は変わらない。時を超えて愛される服とは何か───アーペーセーは、その答えをこれからも問い続ける。
References
- - A.P.C Official
- - VOGUE RUNWAY「SPRING 2023 READY-TO-FASHION」
- - VOGUE RUNWAY「FALL 2022 MENSWEAR MENSWEAR」
- - VOGUE RUNWAY「FALL 2014 MENSWEAR」
- - ※1※4 POPYE Web「〈A.P.C.〉36年目のフィロソフィ**。**」
- - ※2 The fashion post「A.P.C(アー・ペー・セー)デザイナーJean Touitou(ジャン・トゥイトゥ)インタビュー」
- - &Primium「〈A.P.C.〉ジャン・トゥイトゥとデザイナー、ジェシカ・オグデンが語る、ものづくりに込める想いとこれから。」
- - PR TIMES「<A.P.C.>ブランドの代名詞でもあるデニムにフォーカスした"A.P.C. DENIM"イベント、 2024年3月28日(木)よりA.P.C.各ショップにて開催。」
- - VOGUE JAPAN「アー・ペー・セー×サカイ、コラボコレクションを3月19日に発売。」
- - VOGUE JAPAN「自由でクリエイティブな哲学者によるA.P.C.の30年。」
- - Numero TOKYO「**「**A.P.C.」×「ポケモン」のコレクションが誕生!ブランドロゴにピカチュウをMIXしたエスプリ溢れるコラボレーション」
- - Instagram@apc_paris
- - ※3 Instagram@apc_paris
- - Instagram@apc_daikanyama