MARNI:受け継がれる伝統とそれを越える革命
マルニ(Marni)は、1994年にコンスエロ・カスティリオーニ(Consuelo Castiglioni)によって設立されたイタリアのミラノのブランド。エクレクティックでありながら洗練されたデザイン、豊かな色使い、パターンや素材の組み合わせが特徴。2016年からは彼女に代わり、プラダでデザイナー経験を積んだフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)がクリエイティブディレクターを務める。彼の就任以来、マルニは新たな方向性を見せつつも、ブランドのエッセンスを保ち続けている。
本記事では、そんなマルニのブランドヒストリーと魅力に迫る。
「自分の着たいものを作りたかった」
マルニの創設者であるコンスエロは、1959 年スイス、チリとイタリアにルーツを持つ家に生まれた。1984年、25歳でジャンニ・カスティリオーニ(Gianni Castiglioni)と結婚し、同時にイタリアへ渡る。ジャンニはフェンディ、プラダ、ルイ・ヴィトン、ディオールなど高級ブランドの毛皮を専門とする会社(CiwiFurs)を家族で経営していた。以降、彼女は夫の会社でファッションコンサルタントを担当し、1994年にファミリービジネスの一環としてマルニを設立。ブランド名は夫ジャンニが妹マリーナにつけたニックネームに由来しており、ブランドと家族の深い絆を象徴している。
コンスエロのマルニ
設立当初のコレクション ー1995〜1998
1995年、設立当初のコレクションでは毛皮のみを使用し、この要素はマルニのDNAとなる。
1995年コレクション©︎ The Fashion Commentator
1996年には、毛皮と革製品に織物、ニット、アクセサリーなどが加わり、トータルアイテムが揃うブランドとしてミラノコレクションに初参加。
1996コレクション ©︎ The Fashion Commentator
ー1997
1997コレクション ©︎ The Fashion Commentator
ー1998
1998コレクション ©︎ The Fashion Commentator
マルニの独立 ー1999年
この年、「マルニ」は完全に独立したブランドとなる。ウィンターコレクションにサマーラインが加わり、毛皮を使った衣装だけでなく、多くのアイテムが追加されトータルブランドとなった。 同年、オンワード樫山の子会社と合併し、マルニジャパンを設立することで日本へ進出。
1999コレクション ©︎ The Fashion Commentator
世界各国に店舗をオープン ー2000年
この秋、ロンドン、ミラノ、パリ、ニューヨークに続き、南青山に、広さ約330平方メートルと、最も大きい旗艦店を開く。ショップデザインが独特で、建築家ユニット「フューチャー・システムズ(Future Systems Architects)」に依頼し、曲線で構成された空間を作り出している。
フューチャー・システムズが手がけたマルニ・ロンドン店(1999)
メンズライン始動 ー2002
春夏コレクションよりメンズラインを発表。コンスエロは「マルニの女性とマルニの男性を区別するつもりはありません。同じ世界に属しており、共通する特徴は独立心です。彼らは周りにどう思われようと関係なく好きなものを選択し、ある種のユーモアのセンスを持っています。また、年齢は無関係なのも特徴です。」と語っている。
トップ100リストに選出 ー2010
コンスエロはこの年、 Fast Company の「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」リストに選ばれた。
H&Mとの初コラボレーション ー2012
「MARNI at H&M」と題されたこのコレクションは、マルニのアーカイブに基づいて制作したという。「お気に入りのアイテムをシグネチャーファブリックやプリントで再構築し、真のマルニのワードローブを作りたかったのです」と彼女は語っている。
同年より、ディーゼルの創始者レンツォ・ロッソ率いるオンリーザブレイブ(OTB)のグループに加入。同グループは、メゾン マルジェラやヴィクター&ロルフも展開しており、多様なブランドのポートフォリオを展開するだけの幅広い製造のノウハウ、広範な販売網、革新的なマーケティング力を備えたグループ企業である。また同社は株式市場に上場しておらず、マルニ同様家族経営の企業で、家族同士の知り合いだったそう。
「我々の競争相手は、セリーヌ、バレンシアガ、ミュウミュウです。いずれも、複雑化する世界市場に対処するために我々よりも資金力のある大手ラグジュアリーグループに属しています。我々自身を強化するために、パートナーが必要でした」と、夫でCEOのジャンニ・カスティリオーニは説明した。
フレグランス業界に進出 ー2013
ブランド初となるフレグランス「MARNI ROSE」を発表。
MARNI ROSE ©︎ BRITISH VOGUE,Fashion Daily Mag
同年、吉田カバンのブランド、ポーター(PORTER)とコラボレーションし、トートバッグやクラッチ、iPad miniケース、ウォレット等を発表。このコレクションは、熟練した技術力をもつ国内の職人によって作られる機能的な「PORTER」のバッグにコンエスロが共感したことからスタートしたという。
マルニ20周年 ー2014~2015
創立20周年記念プロジェクト「Marni Prisma」を開催。これは特別プロジェクトのクリエイティブ・ディレクターであり、コンスエロの娘でもあるカロリーナ・カスティリオーニ(Carolina Castiglioni)によって企画され、ミラノの「フラワーマーケット」から始まり、香港では「ルーフマーケット」、東京では「ブロッサムマーケット」と、世界各地をまわって行われた。
プロジェクトのクライマックスは、ヴェネツィアのサン・グレゴリオ修道院で開催された展覧会「Becoming Marni」。ブラジルのアーティスト、ヴェイオ(Veio)の100点の木彫り作品が展示された。ヴェイオの作品は、自然の断片に新たな命を吹き込み、Marniの変容と可能性の追求を象徴するものとなった。この展覧会は、建築家ステファノ・ラボッリ・パンセラ(Stefano Rabolli Pansera)が監修、訪れた人々に深い感動を与えた。限定版製品の販売収益はすべてチャリティに寄付されたという。
ヴェネツィア「Becoming Marni」©︎ An Other
コンスエロ引退 ー2016
この年の10月21日、創業者コンスエロ・カスティリオーニが「私生活に専念するため」クリエイティブ・ディレクター辞任。SS17コレクションは彼女の最後のコレクションとなった。同時にフランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)の新クリエイティブ・ディレクター就任を発表。フランチェスコによる新生マルニは、2017-18年秋冬コレクションで発表された。
コンエスロの目指した場所
マルニの目指す女性像は、他人を喜ばせるためではなく、自分のために服を着る人だという。彼女がレッドカーペット用の服を作らないのも、ただマルニが好きだから、という理由で着てくれる人のために作っているからだ。さらに彼女は「古いシーズンのコレクションを一掃して新しいシーズンを買うのではなく、昔のものと新しいものを合わせてきて欲しいと思っています。」と語る。時代を越えて着てもらいたい、と言う彼女の想いが、製品の着心地の良さ、素材へのこだわりに繋がり、マルニのアイデンティティに反映されている。
インスピレーション
様々なブランドとコラボレーションしているマルニ。コンスエロが好きで、インスピレーションを受けたアーティストとコラボしているそうだ。2012年以前には、画家リチャード・プリンス(Richard Prince)、イギリスのポップアーティストのピーター・ブレイク卿(Sir Peter Blake)、ミュージシャンのキム・ゴードン(Kim Gordon)といったアーティストともコラボレーションを実現させている。
リチャード・プリンスとコラボアイテム ©︎ Pinterest , THE ART NEWSPAPER
ピーター・ブレイク卿とコラボアイテム ©︎ THE LUXURY CLOSET
展覧会やアートショーに出かけるのが好きだと言うコンスエロ。現代アートから受けるインスピレーションは多大なものだ、と彼女は語る。また、逆に現代アーティストが愛用するブランドはマルニでもある。マルニの意外性のあるデザイン、色彩、ブランドのイメージ、ディテールがアートの世界とマッチするのだと言う。彼女の憧れのアーティスト、シンディ・シャーマンもマルニの服をよく着ている。ロサンゼルス在住のイギリス人アーティスト兼写真家のポリー・ボーランド(Polly Borland)は、マルニを「ファッション界のドクター・スースとガウディ。コンスエロの作品は不条理なユーモアのセンスを持った彫刻作品のようだ。」と表現している。
コンエスロのお家を拝見
彼女の家には、家族写真やアート作品があふれている。作品の出所や作家にこだわらず、自分がその作品をみて何を感じるかを大切にしているコンスエロ。この部屋では、リサイクルショップでの掘り出し物がピカソの版画と同じ価値を持つのだという。彼女のアートや家具選びのセンス、そして洗練された建築的なラインへの愛情は、彼女がデザインする服に明確に反映されている。
シグネチャーシューズ
マルニの美学を象徴するアイテムの一つが、フスベットサンダル。このサンダルは、コンスエロが2001年にアフリカを旅行した際に、タイヤと藁で作られた靴底にインスパイアされたという。当時の、”女性の靴はセクシーであるべき”という概念を覆し、履き心地が良く、裸足で歩いているような感覚を提供するこのサンダルは、ブランドのベストセラーの一つとなった。
プラダからデザイナーが抜擢
2016年、創業者コンスエロ・カスティリオーニがクリエイティブ・ディレクターを辞任し、フランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)が後任となった。リッソはプラダでの経験を生かし、マルニに新たな視点を取り入れつつ、ブランドの本質を守り続けている。彼は「retrovolution」というコンセプトを掲げ、伝統を超えていくデザインを追求し続けている。
フランチェスコ・リッソ(Francesco Risso)はイタリア・サルデーニャ島の近くで生まれ、4歳まで両親と帆船で地中海を回遊して過ごした。その後、16世紀に建てられたジェノヴァの豪奢な邸宅に住む。祖父母も一緒に暮らしており、国外からの華やかなゲストがしょっちゅう訪れたという。
幼き日のフランチェスコ・リッソ ©︎ The New York Times Style Magazine: Japan
16歳でフィレンツェの芸術学校、ポリモーダにてファッションを学ぶ。その後、ニューヨークのファッション工科大学で学び、ロンドンのセントラル・セント・マーチンズでルイーズ・ウィルソンの指導のもと修士号を取得。リッソは「くらくらするような毎日で、常に自分の安全地帯の圏外にいました。おかげで私は大胆でオープンマインドになりました。」と語っている。
卒業後はイタリアのファッションブランドブルマリン(Blumarine)、アレッサンドロ・デラクア(Alessandro dell'Acqua)、マロ(MARO)でアンナ・モリナーリ(ANNA MOLINARI)氏の下で働いた後、2008年にプラダに入社し、レディースウェアを手がけた。そして2016年10月にマルニのクリエイティブ・ディレクターに抜擢。
リッソの”retrovolution”
大胆なパターンと個性的なシルエットを特徴とする、巧妙なコレクションで知られているリッソ。色と形の豊富な彼の作品は、常に彼のポジティブで明るい性格を体現している。
「私を突き動かしているのは、“retrovolution”(革命的回帰)と私が名付けたコンセプトです。伝統を受け取り、それを超えていくという意味です」と語るリッソ。
環境問題を映し出したショー ー2020
SSメンズウェアコレクションでは、プラスチック廃棄物の環境危機に焦点を当てた。このショーでは、37,000 個を超えるプラスチック廃棄物を使用して、天井を覆う大規模なインスタレーションを作成。一面ネットで覆われた会場の天井は、無数のペットボトルやプラスチックで埋め尽くされていた。照明が青いライティングに切り替わると、海の中から海面に流れ着いたプラスチックの廃棄物を眺めているような感覚になったという。
文明の発展や便利さと引き換えに堆積したプラスチックに象徴されるように、人工と自然が衝突しながらも不均一に調和している様を描き出した。熱帯地域を彷彿させるアクティブなルックが目立ち、シャツやジャケットの所々にあしらわれた、日本人彫金家の長井一馬によるシュールな動物のブローチも活動的な雰囲気を強めた。
2020SSメンズ ©︎ Wallpaper, the skinny beep
観客と共に創るショー ー2022
SSコレクション「Wear We Are」では、ショーの招待客400人に特注のアンサンブルが送られ、モデルだけでなく観客もマルニのアイテムを纏って参加するという画期的な演出が見られた。キャスティングもユニークで、アーティストやミュージシャンなど、人種や体型、性別にとらわれず、リアルな若者を起用。リッソは「一人ひとりのために服を作るという、私たちの仕事の本質に立ち返りたかった」と語る。
UNIQLOとコラボレーション ー2022
この年のSS、AWと2シーズンに渡ったコラボレーション。自身も長年ユニクロの顧客であるリッソは、ユニクロの美学と、毎日着られるスマートなデザインの服という提案に魅了されているという。「制作していく中で、シンプルに見える作品の背後に、数学的な精密さが隠されていることに驚きました」と彼は語る。
大切にされ、家族で共有されるワードローブを作るというミッションを掲げ、コレクションを通じてその気楽さと親しみやすさを表現した。ジェイミー・ホークスワースが撮影した写真を通じてもその意思が読み取れる。
カーハート WIPとのコラボレーション ー2023
1月、「カーハート WIP(Carhartt WIP)」とコラボレーションしたコレクションが発表された。同ブランドは伝統的なワークウェアブランド、カーハート(Carhartt)の妹分でスケートカルチャーにインスパイアされたブランド。サイケデリックなスタイルとカーハートの信頼のおける作業服を融合し、70年代のカラーパレットが使われている。
このコラボレーションを記念して、元パーラメント・ファンカデリック(PARLIAMENT FUNKADELIC)のブーツィー・コリンズ(Bootsy Collins)が、妻のパティと孫のヴィンセント、ミュージシャンのBABYXSOSAと、シンシナティの自宅で共演した。これを皮切りに、店舗でのハプニングイベントや共同デザインのコレクションを実現する「MARNI JAM」がスタート。
カーハート WIPとのコラボレーション ©︎ Highsnobiety
リッソのインスピレーション源AtoZ
イザベラ・ウェンツェルの写真《テーブル3》(2010) ©︎ The New York Times Style Magazine
「イザベラ・ウェンツェル(Isabelle Wenzel)の写真《テーブル3》(2010)。この写真のもつ脱構築への誘いと物事を刷新する力が大好きです。これを見ていると、私も自分の心をさらけ出そうと思えるのです」(The New York Times Style Magazine)
©︎ The New York Times Style Magazine
「プラダで働いていたときロマン・ポランスキー監督(Roman Polanski)とのコラボレーションで彼と仕事をしました。どうしても彼のサインが欲しかった私は、彼が食べ終わったばかりの紙皿にサインをお願いしました。まだホイップクリームが少し残っているでしょう?」(The New York Times Style Magazine)
©︎ The New York Times Style Magazine
「フィリップ・ハルスマン(Philippe Halsman)が1967年に撮影した『マリリン・アズ・マオ』(Marilyn as Mao.)が大好きです。私は中国風の4ポケットのスーツを20着持っています。60年代の生地を用いてタイで作り、ずっと着続けています」(The New York Times Style Magazine)
©︎ The New York Times Style Magazine
「映画監督ジョン・ウォーターズ(John Waters)の『Role Models』(邦題は『ぼくたちの奉仕活動』)。このタイトルがすべてを表現しています! 彼は私のミューズのひとり。不条理な事柄について書いた彼の文章を気に入っています。彼と親交の深いコム デ ギャルソン(COMME des GARCONS)の川久保玲にまつわる章は非常に刺激的ですね」(The New York Times Style Magazine)
©︎ The New York Times Style Magazine
「ランチの最中に手持ちぶさたでナプキンに落書きをしていたとき、ふとこの女性が頭に思い浮かんだのです。そして、彼女はマルニの2018年春夏コレクションのインスピレーション源になりました。20年代風の女性ですが、スケートボードをしているのです」(The New York Times Style Magazine)
おわりに
マルニは、1994年の創設から現代まで、エクレクティックなデザイン、ユニークなプリント、豊かな色使い、高品質な素材を特徴とするファッションブランドとして成長した。コンスエロ・カスティリオーニの美学がブランドの基盤を築き、現在はフランチェスコ・リッソがその伝統を守りつつ越えようと、挑戦し続けている。