Wales Bonner:知性と文化という品格をその身に纏って

Wales Bonner:知性と文化という品格をその身に纏って

Wales Bonner(ウェールズ・ボナー)は、2014年に立ちあがったロンドンを拠点とするブランド。2016年に「LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ」を受賞した、ブラック・カルチャーの歴史や文学が織りなす知的なエレガンスとは?

ウェールズ・ボナーのデザイナーである、Grace Wales Bonner(グレース・ウェールズ・ボナー)がファッションで表現するブラック・カルチャーやグレースのアイデンティティをコレクションとともに紐解く。

ウェールズ・ボナーのアイデンティティは過去の営みから紡がれる

まるでひとつの写真作品のよう。白いジャケットにフレアのデニムパンツ。けれど、ビジューがきらめく靴が踏みしめるのは草木が生える土。このちぐはぐさにどうして目が離せなくなるのだろう。

2015A/W ウェールズ・ボナーの初期コレクション-©Wales Bonner

この写真は、2015年に発表された、Wales Bonner初期コレクション時のもの。エメ・セザールやラングストン・ヒューズの詩集からアフリカ人のアイデンティティや現代社会への葛藤を掬い上げた、ブラックシンフォニーが漂うコレクションだ。 アフリカの力強さと、どことなく漂うクラシカルな雰囲気で魅了するウェールズ・ボナーについて、迫ってみよう。

グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)

2015年A/Wのコレクション写真から伝わる、静かなエレガンスさはデザイナーの心の反映だ。ウェールズ・ボナーのデザイナーは一体、どんな人物なのだろうか。

ウェールズ・ボナーのデザイナー/グレース・ウェールズ・ボナー─©Wales Bonner

ブラック・カルチャーとストイックに追求した美しいテーラリングの融合

彼女のつくりだす衣服を形容するならこんなふうに言えるだろうか。 グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)は、2014年にセントラル・セント・マーチンズを卒業し、Wales Bonner(ウェールズ・ボナー) を立ち上げた。 2016年にLVMHヤングファッションデザイナープライズを受賞して以降、2019年、2021年、2022年にも様々な賞を受賞している。今後の進化が楽しみなデザイナーのひとりだ。彼女のクリエイションからは、彼女がファッションで私たちに伝えているメッセージが何なのかをついぞ想像したいと思わせる魅力がある。

Dior Cruise collection 2020のためのグレースの仕事について ©YouTube

ウェールズ・ボナーのフィロソフィー─インテリジェンス・エレガンス・トラディショナル

ジャマイカ出身の父をもつ彼女は、アフリカの伝統や歴史を織り込みながら、クラシカルでエレガントなヨーロッパの気風をもインクルージョンする。 ジェンダーニュートラルなデザイン。シックで落ち着いた色合いと鮮やかな色彩を仕込むバランス感覚。そして、彼女のルーツから来るカルチャーとトラディショナルさ。

“Behind creating clothing is this idea of thinking about research as an artistic or spiritual practice, which is something that feeds into everything I do.” (服を作る背景には、研究を芸術的または精神的な実践という考えがあり、それは私のすべての活動につながっている。)(GQ)

このように語るグレースを、ウェールズ・ボナーの衣服は体現している。例えば、2023年のオータムコレクション(Twilight Reverie/トワイライト・レヴェリー)は、「トワイライト(日没、日の出後の薄明り)」という言葉を冠しているとおり、柔く発光する町のなかを歩くのにぴったりなコレクション群だが、グレースはそこに、トラディショナルなアクセントを織り込む。

2023AW Twilight Reverie ©︎Wales Bonner

首元を飾るのは、バロックパールとグレースのルーツに通じるガーナビーズだ。シルクシャツのドレープや光沢が、華美になりすぎない品性を感じさせる。この色彩やバランスの感覚は、インスピレーションを受けている数多くの小説や詩集、映画で蓄積された研究の実践のあらわれなのかもしれない。

伝統的なガーナビーズとスワロフスキークリスタル。

2023AW Twilight Reverie ©︎Wales Bonner

ウェールズ・ボナーと音楽と

歴史とカルチャーとアイデンティティ。ウェールズ・ボナーの魅力は、これらが織りなす重みとエレンガスだ。 ウェールズ・ボナーの衣服は、音楽・文学・アートなどカルチャーと親和性の高いクリエイションが魅力のひとつ。どことなく漂う知的さとエレガンスさは、デザイナーのインスピレーションを色濃く反映している。

また、ウェールズ・ボナーは、多くのアーティストたちが愛用していることでも有名だ。発信する者であるアーティストたちもウェールズ・ボナーに大きな信頼を置いている。

ウェールズ・ボナーに身を包むケンドリック・ラマー©HIGHSNOBIETY

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)は、2018年にピューリッツァー賞を受賞したアメリカのラッパー。ピューリッツァー賞は、アメリカで音楽や文学、写真、ジャーナリズムなどでメッセージ性が高い作品を生み出した人物に贈られる賞だ。

そのラマーは、”The Hillbillies(ザ・ヒルビリーズ)”という楽曲のなかで、ウェールズ・ボナーを語る。

Niggas know that I'm best-dressed, too high-profile to access I ain't even gotta fact check, all I'm wearin' is Wales Bonner (やつらは知ってる、俺がおしゃれだってこと ファクトチェックなんて必要ない 俺が着ているのはすべてウェールズ・ボナー)(”The Hillbillies” )

彼は、示唆に富んだ社会意識を豊かなボキャブラリーでリリックに乗せるラッパーだ。

リリックに込められたメッセージ性は、社会理論と文学、ヨーロッパとアフリカなどハイブリッドだからこそ醸し出せるウェールズ・ボナーの知的な雰囲気と相性が良い。

“I was trying to think about who are the contemporary artists who have that spirit of freedom of expression and individuality, and who are the pioneers in their time,”(GQ)( 表現の自由と個性の精神を持ち、時代の先駆者である現代アーティストは誰かを考えていた)

デザイナーであるグレースがこう述べるように、ウェールズ・ボナーのクリエイションには、カルチャーと「自分」のアイデンティティが強く結びついているのだ。

また、グレースは「自分のルーツ」も重要視する。

自身と同じアフリカにルーツを持つロンドン出身のシンガーソングライター・サンファ(Sampha)。ウェールズ・ボナーは、Instagramでサンファのパフォーマスの写真とともにこんな言葉を贈った。

Elegant, best of intentions エレガント、最高の意図 Prayerful being, had those beautiful lessons 祈りを込めた存在、それらは美しい教訓を持っていた Lovely way of seeing things 素敵なものの見方 Making me believe in things 物事を信じさせてくれる

文学はインスピレーションの源泉

過去に、インタビューでファッションに興味をもつようになったきっかけは、その「表現性」だったというグレース(WWD JAPAN)。ファッションで何を表現するか。そのインスピレーションは文学から得ることが多いのだそう。たしかに、ウェールズ・ボナーの公式サイトでは、多くの場合アーカイブに「Bibliography (参考文献)」が示されている。コレクションと合わせて触れてみるのも楽しみのひとつだ。

アカデミック・ワードローブ×カリブの伝統?─2019A/W

2019年のオータム・ウィンターコレクションは、グレースの多層的で広がりのあるテーマ設定が色濃く反映されたコレクションだ。「Mumbo Jumbo/マンボ・ジャンボ」と名付けられたこのコレクションは、1972年に出版されたイシュマエル・リード(Ishmael Reed)『 Mumbo Jumbo(1972)』から着想を得ている。

「Manbo Jumbo」は英語で「迷信的な呪文」や「無意味な儀式」、「訳の分からない言葉」などという意味がある。また、西アフリカの守護神を指すことも。

イシュマエルの『Mambo Jumbo』は、オカルトを背景にしたジャズ小説だ。1920年代のニューオーリンズでジャズを媒介とした奇病「ジェス・グルー」を巡って、ある探偵と秘密結社が活劇を繰り広げる。

グレースは、このアフリカのミステリアスなエッセンスを含む物語とアメリカのカレッジ・ワードローブを結びつけた。

2019AW Manbo Jumbo ©︎Wales Bonner

1890年代、アメリカのハワード大学では黒人の学生が多かったそう。そこで、クラシックなオックスフォードシャツやインディゴのデニム素材を取り入れ、カリブの呪術的な要素も包含する斬新なクリエイションを生み出した。伝統的なカレッジ・ワードローブに、儀式や魔法、お守りを想起させるジュエリーが、グレースの手腕で調和している。

2019AW Manbo Jumbo ©︎Wales Bonner

グレースは、このコレクションに約20もの文献を参考にしている。一見ちぐはぐにみえるハイブリッドなテーマも、深掘っていけばそれらを繋ぐ糸がある。グレースはファッションという表現方法を通して実践と研究を重ねているのだ。

ホリスティックなスピリットとランナー─2024S/S

「Marathon(マラソン)」と名付けられた2024年のスプリング・サマーコレクション。エチオピアとガーナのランナーから着想を得たコレクションだ。人間のからだと精神・心・霊魂の関連性や全体性を重視する「ホリスティック」という言葉に相応しく、このコレクションには清廉な空気が漂っている。

2024SS Marathon ©︎Wales Bonner

ガーナビーズで編まれたベスト。職人がつくるガーナビーズは、伝統として受け継がれてきた品位がある。また、ウェールズ・ボナーのシグネチャーでもあるシャツスタイルは、このコレクションでも健在だ。

このコレクションでも、いくつかの文献を参照しており、グレースはある研究論文を挙げている。モハメド・ギルマ(Mohammed Girma)が2010年に公開した論文「Whose Meaning? The Wax and Gold Tradition as a Philosophical Foundation for an Ethiopian Hermeneutic(誰の解釈が正しいのか?エチオピアの解釈学における哲学的基盤としてのワックスとゴールドの伝統)(2010)」だ。

エチオピアの解釈学をワックスとゴールド、つまり蝋と金の伝統から研究した論文である。蝋と金の伝統を詩的で文学的な伝統として分析し、社会的、経済的な影響や解釈哲学としての蝋と金の批評を試みた研究だ。

小説や詩、写真、映像作品にとどまらず学術的な文献を参照しているグレースのクリエイションには、強いメッセージと根拠が込められている。

2024SS Marathon ©︎Wales Bonner

ランナーの透徹した人生への視線を表したかのようなスタイルが、このコレクションの魅力のひとつ。また、会場の石畳はランナーが走るだけでなく、乗馬や羊飼いの通り道をも彷彿とさせる。

グレースは、乗馬で用いるカーフスキンのライディングブーツをクリエイションに反映させた。さらに、UGGのシープスキンの裏地付きローファーも用いている。

ウェールズ・ボナーの広がる世界

アーティストとの親和性の高さ、音楽や文学、学術的な視点から生み出されるクリエイション、アフリカのルーツに裏打ちされた伝統とヨーロッパの空気感。さまざまな要素を取り入れながら、それらをグレースの達観した感性でひとつの衣服に昇華していく。

そんなディレクションセンスも持っているグレースが率いるウェールズ・ボナーの世界は広がり続けている。

adidas Originalsとの華麗なコラボレーション

2020年の秋冬コレクション、ウェールズ・ボナーはadidas Originals(アディダス・オリジナルス)とのコラボレーションコレクションを発表した。スポーツテイストなブランドとのコラボレーションは意外性があるが、ウェールズ・ボナーの世界観を失うことなく、私たちに新たな境地を提供する。

2020AW adidas Originals Marathon ©︎Wales Bonner

スポーティでアディダス・オリジナルスらしいデザインでありながら、クラシカルなカラーリングや素材が絶妙なバランスで調和している。

2020AW adidas Originals Marathon ©︎Wales Bonner

ウェールズ・ボナーとアディダス・オリジナルスは継続してコラボレーション・コレクションを発表しており、普段のコレクションとは一味違うウェールズ・ボナーの顔を楽しむことができる。2022年春夏コレクションでは、鮮やかな赤色や黄色をふんだんに用いて、自然の暑さや鼓動を感じさせるクリエイションに仕上げている。

2022SS adidas Originals ©︎Wales Bonner

2025年の春夏コレクションで発表された、アディダス・オリジナルスとのコラボレーション。スパンコールを敷き詰めて煌めきを閉じ込めた夢のようなクリエイションに注目したい。

ウェールズ・ボナーが発する声

グレースは社会へ訴えかけ続ける。ウェールズ・ボナーは、2022年にとある限定カプセルコレクションを発表した。このカプセルコレクションには、反黒人人種差別や黒人の大量投獄と戦うというメッセージが込められている。

アメリカ人アーティスト・ケリー・ジェームズ・マーシャル(Kerry James Marshall)とコラボレーションしたクリエイションは、その収益をすべてStudy and Struggle(スタディ・アンド・ストラグル)という反黒人人種差別と大量投獄と戦うための組織に寄付した。

Kerry James Marshall & Wales Bonner ©︎Wales Bonner

マーシャルは、「翻訳を必要としない象徴的なエンブレム」をTシャツに描いた。アメリカのシステムによって失われた黒人を思って描かれたアートワークは、私たちの目の前で直接対峙する。

I hope that all who invest in these special T-Shirts will revere and cherish these images as I do, and share in my happiness that proceeds from the collection will be directed towards the essential goals of freedom and justice. (この特別なTシャツに投資してくださるすべての方が、私と同じようにこれらのイメージを敬愛し、大切にしてくださることを願っている。また、コレクションの収益が自由と正義という本質的な目標に向けられることに喜びを分かち合いたいと思う。)(Wales Bonner Official)

グレースは、このカプセルコレクションへの思いをこう語った。

グレース・ウェールズ・ボナーのキュレーションと感性

ファッション以外のかたちで、グレースの世界観を味わうこともできる。グレースは、MoMA(ニューヨーク近代美術館)に収蔵されている作品から数十の美術作品を選び、自身の感性を表現している。さまざまな要素をひとつの空間やクリエイションで融合させる全体性への高い感性が、このデザイナーの魅力なのだ。

Spotifyのプレイリストに収められている、ハロルド・バッド(Harold Budd’s)の「ロゼッティ・ノイズ/クリスタル・ガーデンとコーダ (Rosetti Noise / Chrystal Garden and a Coda)」は、グレースが選んだ作品のひとつ、 テリー・アドキンス(Terry Adkins)の「ラスト・トランペット( Last Trumpet)」(下Instagram:2枚目)と共振する。

©MoMA ─ MoMA Mixtape: Grace Wales Bonner on the Scared Space between the Shape of Music and the Sounds of Art

「ロゼッティ・ノイズ/クリスタル・ガーデンとコーダ 」は、弦楽器の静かな旋律とまっすぐ伸びるコーラスからスタートする。その歌声と響く音色が、まるでテリー・アドキンスの4本のトランペットの間を縫って漂うさまを創造させる。

コレクションは衣服を0からひとつひとつつくりあげるが、MoMAのキュレーションは、すでにある作品それぞれの個性やパワーを調和させてひとつの空間で表現することだ。

グレース・ウェールズ・ボナー─ ©VOGUE JAPAN

さまざまな要素を取り入れて昇華しようとするとき、グレースの右に出る者はそういない。

ウェールズ・ボナーのクリエイションからは誠実さが感じられるのは気のせいだろうか?振り返ってみると、グレースのファッション哲学は自身のルーツ・アフリカを根として、揺らぐことがなかった。

枝葉をのばして文学や音楽、アートにインスピレーションを受けながら、ファッションと社会に向き合う姿勢が、誠実かつ堅実にメッセージを訴えてくる。しかし、ヘビーな印象に落ち着かないのがウェールズ・ボナー魅力。ウェールズ・ボナーのクリエイションは、そこに知性とエレガンスさを組み込んで軽やかにファッションとカルチャーの枠を行き来するのだ。

References

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