Rick Owens:哲学・映画・ジェンダーと再構築される衣服
Rick Owens(リック・オウエンス)のデザインは、荒廃した世界でひっそりと咲く一輪の薔薇のよう。彼のクリエイションは破壊と美が共存し、朽ち果てたものの中から立ち現れるエレガンスが香っている。
ミステリアスで哲学的なリック・オウエンスの創造神の歩みや価値観、歴代のコレクション、インスピレーションを受けた作品などを紹介する。
リチャード・サトゥルニーノ・オウエンス(Richard Saturnino Owens)
自らランウェイを歩くリック・オウエンス 2020/21AW ©FIGARO.JP
ランウェイに降り立つはジェダイかはたまたダークサイドのシスか。そんなスター・ウォーズ的SFの広大な世界すら感じさせるRick Owens(リック・オウエンス)の舞台。
光のなかで漂う闇、闇のなかで灯る光。リックが創造する世界は、まるで廃墟の教会のような光と闇のカオスに包まれている。
ブランドの主であるリック・オウエンスの瞳に、世界は、ファッションはどう映っているのだろうか。
リックの愛称で親しまれる、リチャード・サトゥルニーノ・オウエンス(Richard Saturnino Owens)は、1961年にアメリカのカリフォルニア州ポータヴィルに生まれる。
リックは、ファッションデザインを、Otis College of Art and Design(オーティス・カレッジ・オブ・アート & デザイン)という学校で学んだ。※1
オーティス・カレッジ・オブ・アート & デザインは全米有数の芸術専門大学で、とくにファッションの分野では、卒業後に活躍するアーティストを数多く輩出している。
アートスクールを卒業した後、アパレルの会社で8年間経験を積んだのち、ミシェル・ラミー(Michele Lamy)のもとでコレクションのパタンナーを務めた。ミシェル・ラミ―は、彼の永遠のミューズであり、人生のパートナーでもある人物だ。
リックは、蓄積された経験を生かし、1997年に満を持してRick Owensを立ち上げる。
立ち上げ当初から、フランス版VOGUEのカリスマ編集長だったカリーヌ・ロワトフェルド(Carine Roitfeld)やアメリカ版VOGUEのレジェンド編集長アナ・ウィンター(Anna Winter)など、ファッション界に名を轟かせる面々が、彼のダイナミズムで創造的なクリエイションに感銘を受け、称賛した。※2
リックを愛するインフルエンサーたち
洗練され、確固たる世界観でカルト的な人気を持つリック。立ち上げ当初から現在にいたるまで数々のセレブリティをも魅了している。
K-POPアイドルグループ「BIG BANG」のG-Dragon & Taeyang。2010年のリック・オウエンスのパーティにて©Fanky Fraiche
秋元梢 - Rick Owens Men’s 2024SSの会場にてスナップ©WWD JAPAN
仲里依紗 - Rick Owens 2024-25AW WWD JAPAN©KOJI HIRANO
萬波ユカ- Rick Owens×Dr.Martensコラボブーツ@nijihan_
リック・オウエンスを創造するRick Owensの世界の源
今を時めくセレブリティやインフルエンサーたちを魅了するリックのクリエイション。リックの瞳には、一体何が映っているのだろうか。リックのインスピレーション源や世界の源になる真髄を探してみよう。
リック・オウエンスの暮らし
VOGUE JAPAN - リック・オウエンスがイタリアの自宅に映し出す、ミニマリズムとブルータリズム。| Objects of Affection |
動画に映る、「物欲はないけど 生活を共にする物はとても特別」と語るリックがいる空間には、生活感があまりない。彼は、非日常的かつミニマムな空間で日々を過ごしている。
居住区の半分近くを占めているのはジムの器具。リックのストイックで修行僧的な静けさは、クリエイションにも表れていると言えるだろう。ミニマムさを好み、家庭的なものは窮屈に感じるというリックのワードローブも、数着のハーフパンツと黒のトップスが数点のみ。ただし、そのどれもが拘りの一品で、長く使えるものだという。
ファニチャーやワードローブ、壁にいたるまで、ひとつひとつに選んだ意味やそのものが持つ背景を説明していくリック。オブジェクトひとつひとつに意味があることをリックのクリエイションやコレクションの舞台でも表現している。
ミシェル・ラミーという名の永遠のミューズ
リックには、ふたりのミューズがいる。そのうちのひとりであり、彼の人生のパートナーでもあるのが、ミシェル・ラミ―(Michele Lamy)だ。
左:リック・オウエンス 右:ミシェルラミ―©NSS MAGAZINE
a mesmerising sphinx ─ 魅惑的なスフィンクス※3
リックは彼女のことを「魅惑的なスフィンクス」と呼んだ。また、来日した際のインタビューでは、ふたりの関係に名前を付けるなら、symbiosis(共生)だという。
symbiosis(共生)とは補い合うということ。私が持っているものを彼女は持っていない。反対に彼女が持っているものを私は持っていない。それがうまく調和しているんです。※4
もともとは、雇用主とそのパタンナーであったふたりだが、ビジネスの枠を超えて心の底で惹かれあった。ふたりのあいだには歳の差など関係がなかったのである。
ミシェル自身はさまざまなキャリアを歩んでおり、リックと出会ったきっかけでもある自身のブランドのほかに、展示会のキュレーションを行ったり弁護士やキャバレーダンサーとして働いたりなど、その人生は激動そのものだ。
また、ポスト構造主義の哲学者、ジル・ドゥルーズのもとで哲学を学んでいたこともある。哲学的な目線と、弁護士やキャバレーダンサーのキャリアのなかで得た社会的な目線。重層的な思想や経験が、彼女のエルフのような独特のオーラを纏わせるのかもしれない。そして、そのオーラはリックの幻想的で思想的なクリエイションによってさらに惹きたてられるのだ。
リック・オウエンス2023-24AWコレクションに連れ立って現れたリックとミシェル©KOJI HIRANO
さまざまなイベントにふたりで参加したり、リック・オウエンスのランウェイモデルとしてミシェルが登場したりなど、お互いがお互いの半身であることがうかがえる。
Rick Owensを体現するもうひとりのミューズ
リック・オウエンスのコレクションは、ファーストルックで見る者の心を鷲掴みにする。そのファーストルックでしばしば目にするのが、タイロン・ディラン(Tyrone Dylan)だ。盛り上がった筋肉は、しかし過剰すぎることはなく、引き締まったストイックで厳粛な雰囲気がリック・オウエンスのクリエイションとマッチする。
Rick Owens 2024-25AW タイロン・ディラン
リック・オウエンスのもとで夢を実現したタイロン©SIMON EELES
タイロンはオーストラリアのメルボルンで育ち、パリのファッションシーンに憧れをもつ青年だった。ファッションデザイナーになることを夢見て、ファッションデザインを学んだあと、2017年に1年間の就労ビザを経てパリに出立する。
その後、ファンであったリックにメールを送ったことが、彼の契機になった。実はタイロンはモデルとしてだけでなく、リックのもとでリックの技術や価値観を学ぶ弟子でもあるのだ。
I’m just taking these next few years to get as much experience and learn as much as I can as Rick’s apprentice and absorb as much information until I’m ready to launch my own brand ─ 数年間は、リックの弟子としてできるだけ多くの経験を積み、できるだけ多くのことを学び、自分のブランドを立ち上げる準備ができるまで、できるだけ多くの情報を吸収するつもりです※5
左:リック・オウエンス 右:タイロン・ディラン@tyron_dylan
I love being part of the casting for the show and styling the runways with Rick. It’s a dream come true for a boy from the other side of the world.” ─ ショーのキャスティングに参加して、リックと一緒にランウェイをスタイリングするのは大好きだよ。地球の裏側から来た少年にとって、夢が叶ったような気分です。※5
リック・オウエンスとジェンダー
ジェンダーという概念は、リックのクリエイションやリックの人生に大きくかかわっている。たしかに、リックのクリエイションは、そもそもフェミニンやマスキュリンという地点にないように見える。
リック曰く、幼少期は「息が詰まるほど抑圧的な※6」コミュニティで育ったという。特に父親からは、ゲイ男性のことを「不道徳な存在※6」と書いた手紙を何度も送られたそうだ。
矛盾した感情や事象に惹かれるという彼自身の価値観や複雑さを表すように、リックは言う。
僕がゲイってことに両親がようやく慣れた頃、ちょうどミシェルに出会ったんだ」。オウエンスは運命の皮肉さを嘆くかのように、首を左右に振った。※6
Rick Owens Collection - 破壊と創造の世界
ミシェルやタイロンはもちろんのこと、ランウェイを歩くモデルや会場に訪れる観客は、ある種人間離れした空気を纏っている。まるで異世界に訪れたかのようなリックのコレクションの世界に没入してみよう。
ロマンチックなカルト ─ Rick Owens Fall 2002 Ready-to-Wear
Rick Owens Fall 2002 Ready-to-WearWear ©︎VOGUE RUNWAY
層をつくるように肌に纏わせた衣服は、どことなく神聖な雰囲気を感じさせる。重なった布が織りなすドレープや、グレー、白、黒でまとめられたクリエイション群からは、ロマンチックでゴシックな印象をももたらす。
2000年代初期のコレクションは、2020年代のコレクションに比べて静謐さが際立っている。
1984年からやってきた砂の惑星より ─ Rick Owens Fall 2006 Menswear
Rick Owens Fall 2006 Menswear ©Courtesy of Rick Owens
重厚な素材感やカッティングが際立つ2006年秋のメンズコレクション。
VOGUEのティム・ブランクス(Tim Blanks)は、このコレクションを「『デューン 砂の惑星』のセットからそのまま飛び出してきたようなルック※7」と評した。
2021年に公開された「DUNE/デューン 砂の惑星」という映画をご存じだろうか。ティモシー・シャラメ(Timothée Hal Chalamet)主演で話題となり、壮大な世界観と暴力的に美しい映像で、2024年には「DUNE/デューン 砂の惑星PART2」も公開されている。
実はこの「DUNE/デューン 砂の惑星」という作品、1984年にも映画化されているのである。
Dune Official Trailer(2021) - Warner Bros. Pictures
Dune Official Trailer [1984]- Warner Bros. Pictures
リック・オウエンスのクリエイションには、「サイエンスフィクション的な」「超現実的な」という言葉がよく似合う。
惑星デューンには「メランジ」という貴重な香料があり、映画ではそれらが砂塵と共に繊細にきらめく。リックのクリエイションは、そのシーンを彷彿とさせる幻想的な砂漠に佇んでいそうなシックなクリエイションが魅力だ。
英雄の凱旋、バンカーに降り立ちシックなマントを纏って ─ Rick Owens Fall 2013 Ready-to-Wear
Rick Owens Fall 2013 Ready-to-Wear©Filippo Fior / InDigital | GoRunway
2013年秋のプレタポルテ、そのテーマは「Battle-scarred heroism(傷ついた英雄性)※8」だ。モデルたちは、コンクリートでできた無骨なバンカーに集う。顔を覆う髪や白と黒の戦闘装束はなにかと戦う英雄のすがたを連想とさせる。
このコレクションには、日本のモチーフが織り込まれている。アウターは着物の袖のように広がり、水引や籠編みを彷彿とさせる装飾が胸元を飾る。
Rick Owens Fall 2013 Ready-to-Wear©Filippo Fior / InDigital | GoRunway
自由と自己の狭間で - SPRING 2025 READY-TO-WEAR
張り出た肩、床を引きずる布地、脚と靴が一体化したようなブーツ。非現実的で異次元的な美学は、畏怖の念を抱かせつつも、着用者を現実の世界から切り離すことで、他者との差別化や独自のアイデンティティの表現を可能にするのだ。
Rick Owens SPRING 2025 READY-TO-WEAR©Acielle / Style Du Monde
2025年春のレディトゥウエアコレクションが、いつもと異なる趣をしていたことに気が付いた人は、どのくらいいただろうか。
本コレクションのモデルに注目してほしい。実は、本コレクションのモデルには、パリのデザインスクールの学生たちが招かれた。プロのモデルのように完璧で痩身すぎることのない、等身大でさまざまな体型の学生たちが、リック・オウエンスのクリエイションを纏っているのである。
このキャスティングは、前シーズンにリックの自宅で行ったコレクションが結果的に排他的になってしまったことを受けて、リックが出したアンサーだ。
My answer to that was, okay, we’ll invite everybody, and they can all be in the show, ─ 答えとして、今回はみんなを招待して、全員ショーに出てもらうことにしたんだ。※9
Rick Owens SPRING 2025 READY-TO-WEAR©Acielle / Style Du Monde
こちらをまっすぐに見つめるふたりのモデル。フロントにいるのが、パリ在住のファッションデザイナー、大森美希だ。彼女はパーソンズ美術大学のパリ校でアソシエイトディレクターとして教鞭を執っている先生であり、今シーズンには学生と共にキャスティングに参加したのだという。
リック・オウエンス(Rick Owens) 2025年春夏ウィメンズのランウェイショーは、6月のメンズに引き続き、ファッションの学生とその教職員をモデルとしてキャスティングしたのでパーソンズ・パリで教鞭を執っている私も身長150cmではありますが応募してこのチャンスを掴みました。https://t.co/yE4J5dUTCm pic.twitter.com/cErl3ntsJi
— 大森美希 🇫🇷 パリ在住ファッションデザイナー (@_omori_miki) October 6, 2024
夢を諦めてしまう理由のひとつに「周りに笑われるから」とか、「みっともないから」とかがあると思います。「何馬鹿げたこと言ってるんだよ」って確かに周囲の人たちから言われることもあります。でもその夢が叶うための準備をきちんとしながら、その時を待つことができれば夢はきっと叶うし、その時馬鹿にしていた周囲の人も手のひら返して「すごいね!」って言ってくるでしょう。だからそんな周りの人たちに振り回されないでください。※10
150センチという身長は、ファッションモデルの世界ではチャンスを掴みにくいとされているが、そんな逆境をリック・オウエンスのクリエイションと共に昇華した。
I’ve always thought of my life’s mission as kind of balancing out oppressive discrimination and intolerance in the world by proposing a very cheerful perversity—that’s always been my thing, - 私はいつも、自分の人生の使命は、世界の抑圧的な差別や不寛容に対抗し、非常に陽気な倒錯を提案することで、それを均衡させることだと思ってきました。それが私の一貫したテーマです。※9
リックが見つめる世界は、窮屈で鬱屈しているのかもしれない。リックはその世界を都度破壊して創造していく。しかしそこに粗野な暴力さを感じないのは、社会を透徹した目で見つめ、それを受け止めてファッションにするリックの心があるからなのだろう。
それゆえ、リックが降り立った廃墟のあとには一輪の薔薇が咲いているように見えるのだ。
References
- VOGUE ITALIA「Rick Owens, sognava di diventare il nuovo Charles James ed è diventato lo stilista (provocatore) del glunge」
- FIGARO.JP「COLLECTION2020/21Autumn&Winter」
- Fashion Snap「Rick Owens Men’s 2025Spring」
- FARFETCH「リック・オウエンスの生い立ちと定番アイテムを解説。モードストリートのパイオニア」
- 【※1】Otis College of Art and Design - Featured Alumni - Rick Owens
- 【※2】VOGUE JAPAN「エレガンスと反逆精神の共存するダイナミズムを表現、リック・オウエンス。」
- Fanky Fraich「Wednesday, August 11, 2010」
- WWD JAPAN「【スナップ】引き算を覚え始めた「リック・オウエンス」信者 雨にも負けない暗黒個性の2024年春夏メンズショー来場者」
- WWD JAPAN『【スナップ】「リック・オウエンス」の会場で注目すべきは、エッジの効いたエレガンス 全身ピンクの仲里依紗も来場』
- 萬波ユカ@nijihan_
- YouTube - VOGUE JAPAN「リック・オウエンスがイタリアの自宅に映し出す、ミニマリズムとブルータリズム。| Objects of Affection | 」
- 【※3】NSS MAGAZINE「This is Michèle Lamy, the woman with the inked hands The talented and iconic woman behind the success of Rick Owens」
- 【※4】VOGUE JAPAN「リック・オウエンスにインタビュー!「地位やエゴに囚われない創作を将来のために残す」──写真家ダニエル・レヴィットによる『VOGUE JAPAN』独占ポートレイトも公開」
- Fashion Press「リック・オウエンス 2024-25年秋冬コレクション」
- @tyron_dylan
- @voguejapan
- 【※5】BAZAAR「21st Century Boy: Tyrone Dylan Susman on living his fashion dreams with Rick Owens」
- 【※6】The New York Times Style Magazine : Japan「モード界の鬼才、リック・オウエンスの現在地③創造の源泉と、その行方」
- VOGUE RUNWAY「Rick Owens Fall 2002 Ready-to-Wear」
- 【※7】VOGUE RUNWAY「Rick Owens Fall 2006 Menswear」
- 【※8】VOGUE RUNWAY「Rick Owens Fall 2013 Ready-to-Wear」
- 【※9】VOGUE RUNWAY「Rick Owens SPRING 2025 READY-TO-WEAR」
- 【※10】@_omori_miki