Vivienne Westwood:不滅の愛とパンクのリベリオン・スピリット
2006年Ready to wearに出演したモデルとともに歩くヴィヴィアン©VOGUE RUNWAY/photo: Marcio Madeira
パンクの女王、ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)。
パンクファッションといえばヴィヴィアン、ヴィヴィアンといえばパンクファッション。そんなパンクファッションの代名詞のような彼女の洋服たちは、イギリスの音楽と分かちがたく結びついて、人間に備わる力強さを訴えかけ続けているのだ。
本記事では、ヴィヴィアン・ウエストウッドというブランドとヴィヴィアン自身が歩んできた歴史を、「社会への反骨精神」、「サブカルチャー」というふたつのポイントから紹介する。
キングス・ロード430番地にある「世界の終わり」
時代を超えて、老若男女絶大な支持を受けるヴィヴィアン・ウェストウッド。このブランドの前身は、ロンドンのキングス・ロード430番地にある「Worlds end(ワールズ・エンド)」という小さなブティックだ。
「ヴィヴィアン・ウェストウッド」というブランドで知られるようになるまでには、紆余曲折のストーリーがあったということをご存じだろうか。そして、ヴィヴィアン・ウェストウッドの歴史を知ることは、パンクファッションの歴史を知ることでもあるのだ。
パンクスタイル発祥のブティック
まずはじめに、ヴィヴィアンとヴィヴィアンのパートナーであったマルコム・マクラーレン(Malcolm MacLaren)は、1971年に「Let it Rock」 という名前の店舗をオープンさせた。
この店では、後にSex Pistols(セックス・ピストルズ)という世界的に有名なバンドのマネージャーとなるマルコムの影響もあってか、ロックンロールスタイルの服が売り出されていた。
その後、1972年に名前が「Too Fast to Live, Too Young to Die」に変更される。刺激的な店名に相応しいアウトローな服が増え始め、3年後の1974年には「SEX」というあまりに素直すぎる店名が名付けられた。SEXでは、SMチックなセクシースタイルやフェティッシュさが押し出された服が制作されていたそう。
店舗「SEX」©Sheila Rock/REX_Shutterstock
1976年になると、「Seditionaries(セディショナリーズ)」という店名に変更される。名前の由来は、当時の「The Act of sedition (治安法)」に反対するというメッセージが込められていた。
エリザベス女王の唇に安全ピンを刺したシャツが代表的で、当時の社会に対して燻っていた若者の気持ちをファッションで表現している。今や安全ピンは、パンクファッションのアイコンだ。
そうした変遷を経て、1980年に「Worlds end」という名前が授けられた。今でも、世界の終わりを求めてキングス・ロードを訪れる人が後を絶たない。
ヴィヴィアン・ウェストウッド, 1977 セディショナリーズにて ©VOGUE POLSKA
Vivienne Westwood Fall 1993 Ready to Wear
イギリス社会と時代の中で
ここで一本、ファッション研究の興味深い論文を紹介しよう。アンドリュー・ボルトン(Andrew Bolton)らの『Punk: Chaos to Couture (Fashion Studies)(2013)』だ。
ボルトンらは、この論文の中で、パンクスタイルの特徴に言及している。
彼らによると、パンクの特徴は「No Future」というアンセムであり、ニヒリズム的であるということ。瞳を黒色で囲い、青白い肌色のメイクや安全ピンで留められた服、プラチナ色の短髪などの外見的特徴で厳しい悲観的な世界観を表しているそうだ。
ヴィヴィアン・ウエストウッド、ロンドンのセディショナリーズにて ©Robin Laurance
実は、パンクスタイルはDIYという文化を生み出した。論文によると、DIYはイギリス以外のアートや映画、音楽、文学まで広がり、パンクは別々の領域だった生産と消費を組み合わせ、消費者主体の文化の礎を築いた。
その結果、慣習や規範を破るメッセージ性の強い文化として若者をひきつけ、帰属意識やアイデンティティを確立していったという。※1
ヴィヴィアンとSex Pistols
こうした1970年代のパンクムーブメントは、ロンドンで失業中の若者や貧困層から登場しており、社会への反発を表現している。若者は、パンクというスタイルに帰属意識を持ち、一連の価値観をもつ者たちとして結束を高めていった。
そんななか登場したのが、セックス・ピストルズだ。未だに伝説として語り継がれる彼らとヴィヴィアンの深いつながりを見ていこう。
ヴィヴィアン・ウエストウッドとセックス・ピストルズのシド・ヴィシャス、ロンドン、1976年 ©Ian Dickson/Contributor
ヴィヴィアンのパートナー・マルコム。彼は当時ブティックにたむろしていた若者を集めた。そして、彼らにセディショナリーズの服を着せ結成したのがセックス・ピストルズというバンドだ。
彼らの挑発的なライブパフォーマンスは、大騒動を引き起こしながらも絶大な支持を得た。
熱狂的な支持のなかで、Sex Pistolsのメンバーが着用していた、セディショナリーズのダメージの入った服やボンテージスタイルは、アナーキーでセンセーショナルなパンクスタイルとして受け入れられていったのだ。
ヴィヴィアンとマルコム - 1977年のセディショナリーズコレクションルック©IFA Paris
Sex Pistolsと親交があったパメラ・ルークとサイモン・バーカー/セディショナリーズのTシャツを着用©Daily Mirror/Mirrorpix/GI
パンクの女王 - ヴィヴィアン・ウエストウッド
パンクスタイルの礎を築いたヴィヴィアン・ウェストウッド。ブランドの名が自身の名前でもあるヴィヴィアンだが、1992年には大英帝国勲章(OBE)が贈られている。
大英帝国勲章はイギリスの栄誉制度のひとつで、さまざまな分野で社会に貢献した人物に贈られる。ヴィヴィアンは常に私たちが生きている社会に目を向け、環境保護活動などを積極的に行ってきた。
すべてを紹介することは叶わないが、一例として2015年のセンセーショナルな事件を紹介しよう。
水圧粉砕法(フラッキング)によるシェールガス開発に反対し、戦車に乗り込んで抗議するヴィヴィアン©AFP/LEON NEAL
ロックな環境保護活動
2015年、ヴィヴィアンは戦車に乗っていた。映画の撮影かと目を疑うがそうではない。英首相デイビッド・キャメロン(David Cameron)の選挙区に戦車で乗り込んでいたのだ。
環境を破壊するとされる水圧粉砕法(フラッキング)によるシェールガス開発を軍隊活動(戦車)に例え、自身の選挙区ではフラッキングを認可していないにもかかわらず、他の土地では行っているという点で「自分の庭ではやりたくないということだ」と風刺した抗議活動を行った。※2
2018年Summerコレクション・画像中央:ヴィヴィアン・ウエストウッド - DAZED©Hanna Moon
イギリスの社会問題に対し、様々な活動を主体的に行ってきたヴィヴィアン。ヴィヴィアンはHP「NO MAN’S LAND」を立ち上げ、その活動内容も発信している。このHPをみれば、ヴィヴィアンがどれだけ人々と社会に向き合ってきたかが分かるだろう。※3
ヴィヴィアン・ウェストウッドのコレクションをヴィヴィアン哲学で辿る
ヴィヴィアンはファッションでも、自身の活動でも常に社会に対して怒りや問いをぶつけてきた。ここでは数ある歴代のコレクションのなかから、話題となったコレクションを、ヴィヴィアンの美的哲学から紹介しよう。
Vivienne Westwood fall 1981 ready-to-wear - Worlds Endsのはじまり~ニューロマンティック~
ウエストウッドとマクラーレンの初の「Worlds End」ショーとなった、81年秋冬コレクション「Pirate」。
「Pirate」は、彼らの美学、ニュー ロマンティックの同義語として捉えられた。ニューロマンティックとは、1970年代末から1980年代初頭にかけてイギリスを中心に広がったカルチャームーブメント。
不況や政治的混乱が広がる中で、過去の豊かで華麗な時代への憧れを反映した、中性的で色鮮やかなスタイルが特徴だ。
VOGUE - Vivienne Westwood, fall 1981 ready-to-wear ©David Corio / Redferns
Vivienne Westwood fall 1993 ready-to-wear - 伝統とアングロマニア
ミューズの転倒───。ユーモアに富んだテーマで楽しませてくれるヴィヴィアンのコレクションだが、そのなかでも伝説としてファンのこころに深く記憶されたコレクションが1993年秋のコレクションだ。
ヴィヴィアンのミューズであるナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)が、ランウェイのウォーク中に転んだのである。なぜならナオミが履いていたヒールが、30㎝を超える超・ハイヒールだったからだ。
その瞬間、ナオミが咲かせたおちゃめ笑顔は一大センセーショナルを引き起こした。※4
VOGUE RUNWAY 「Vivienne Westwood fall 1993 ready-to-wear」
VOGUE RUNWAY 「Vivienne Westwood fall 1993 ready-to-wear」
Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood FALL 2023 READY - TO - WEAR - リスペクトとレボリューション
2022年12月29日、ヴィヴィアンは81歳で永遠の眠りについた。多くのセレブリティやデザイナーが彼女の名を追憶の中に刻み、SNSでその創造への賛辞を言葉に変えた。
彼女が地上を去り、その遺産が語り継がれた初のコレクションは、ヴィヴィアンの後半生を共に歩んだパートナーであるアンドレアス・クロンターラー(Andreas Kronthaler)が導いた。
VOGUE RUNWAY - 「Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood FALL 2023 READY」
そして、このコレクションにはヴィヴィアンの孫娘でありモデルのコーラ・コーレ(Cora Corre)が花嫁姿で現れた。
ウエディングドレスもただでは済まさない。プラットフォームシューズにバロック調の白いロンパース。革命のウェディングドレスを纏ったコーラは、パンクの神に愛された花嫁そのものだ。
VOGUE - アンドレアスとコーラ© Peter White/Getty
ヴィヴィアン・ウェストウッドどジャパン・サブカルチャー
ヴィヴィアンのスピリットは、国を、人種を、性別を、時代を超えて愛されている。もちろん日本も例外ではない。 なかには、ファッションの世界を越えて、漫画や小説にも登場する。
矢沢あい『NANA』とリベリオン・スピリット
2000年に連載が開始された矢沢あいの「NANA」はその代表だと言えるだろう。2024年の時点で未完だということもあり、少女漫画の伝説的立ち位置の作品だ。作中には、主人公のひとりであるナナが、ヴィヴィアンのラブジャケット、アーマーリング、オーブのピアスを纏って登場する。
「NANA」は、小松奈々と大崎ナナというふたりの主人公を軸に展開する物語だ。ふたりの対極的な性格やファッション描写の細かさも人気のひとつだが、複雑な人間関係が少女漫画らしからぬ痛みを孕み、熱狂的なファンが世界中に存在する。
ナナが所属するバンド「Black Stones(ブラックストーンズ)」はセックス・ピストルズの影響を受けたバンドで、ヴィヴィアンの服を着こなすナナが魅力的に描かれているので必見だ。ナナはヴィヴィアンのリベリオン・スピリット(反逆精神)を纏って生きている。
ヴィヴィアンのアイコンのひとつでもあるロッキンホースやオーブ型のネックレスライターも登場するので探してみてほしい。
Vivienne Westwood Accessories ©︎Stok
嶽本野ばら「世界の終わりという名の雑貨店」の「君」がみた憧憬
『下妻物語』が映画化し話題となった嶽本野ばらの短編に「世界の終わりという名の雑貨店」という作品がある。この作品は、全身をヴィヴィアンの服で揃えた「君」に恋をした「僕」の物語だ。
そう、いうなれば生まれながらの騎士が甲冑を纏うが如く、君はVivienne westwoodを纏っていたのです。(p33)
「君」に「僕」は問う。「Vivienneは、君にとって、何?(p59)」と。そして「君」は答えるのだ。「多分、矜持(p60)」と。
多分、冷静に見れば、痣のある私の顔と、Vivienneのお洋服は不釣り合いだったのかもしれません。しかし不釣り合いでも、人から罵詈雑言を浴びせられようが、私はもう平気でした。Vivienneのお洋服が私を守ってくれるのです。私はこの服を着る為に生まれてきたのです。(P65)
ヴィヴィアン・ウエストウッドの服は、着る者をエンパワメントする。それはヴィヴィアンウエストウッド彼女自身のパワーが、メッセージが込められていたからだ。彼女は新たな旅路に向かったが、彼女が築いてきたものは、私たちがしっかり受け継いでいる。そしてこれからも、受け継いでいくだろう。
References
- Marie Claire UK「Anarchy in the UK: A brief history of punk fashion We take a look at the cult moment fashion anarchy hit the UK」
- IFA Paris「British Fashion Designer Vivienne Westwood Passed Away on December 29th, 2022」
- billboard「Vivienne Westwood’s Most Memorable Looks on Musicians」
- 「NO MAN’S LAND」
- Instagram - @viviennewestwood
- ※1 Andrew Bolton (著), Richard Hell (著), Jon Savage (寄稿), John Lydon (寄稿)『Punk: Chaos to Couture (Fashion Studies)』2013 Metropolitan Museum of Art
- ※2 AFP BBCNEWS「V・ウエストウッド、戦車でシェールガス開発に抗議」
- ※3 NO MAN’S LANS
- ※4 SSENSE「ヴィヴィアン・ウエストウッドを熟知するA~Zガイド」
- VOGUE JAPAN「ヴィヴィアン・ウエストウッド没後初のショーが開催。アンドレアス・クロンターラーが未来へと受け継ぐ、パンクの精神【2023-24年秋冬 パリコレ速報】」
- VOGUE JAPAN「【追悼】デザイナーであり環境活動家のヴィヴィアン・ウェストウッド──「戦争は地球における最大の“汚染者”」」
- VOGUE FRANCE「Flashback : 8 clichés iconiques de Vivienne Westwood dans les 70's」
- VOGUE「Why the Swagger of Vivienne Westwood’s 1981 Pirate Collection Resonates 40 Years On 」
- VOGUE RANWAY「Vivienne Westwood Fall 1993 Ready to Wear」
- VOGUE RUNWAY「Andreas Kronthaler for Vivienne Westwood FALL 2023 READY - TO - WEAR」
- 矢沢あい『NANA』(集英社)
- 嶽本野ばら『ミシン』より「世界の終わりという名の雑貨店」2020年9月30日第5刷(小学館)