
JIL SANDER:ミニマリズムと生活をつなぐジルサンダーの魅力
2024年11月に、過去最大規模となる旗艦店を銀座に構えたJil sander(ジル・サンダー)。クリエイティブディレクターである、Lucie Meier(ルーシー・メイヤー)とLike Meier(ルーク・メイヤー)の美学を反映し、まさにジルサンダーを象徴するような空間となった。


ミニマリズムの代名詞:Jil sander’s History

Portrait Jil Sander (ジル・サンダーのポートレート)Marie Claire Germany, 1991 © Peter Lindbergh
1970’s~2000’s:ジル・サンダーとミニマリズム
創設者本人の名前を冠したジル・サンダー。1968年にドイツのハンブルクにブティックをオープンし、1973年にウィメンズコレクションを発表した。
エレガンスと機能性、卓越したクラフツマンシップが存分に発揮されたこのコレクションによって、ジル・サンダーは、新時代のビジネスウーマンのためのラグジュアリーブランドとしてのイメージを定着させたのだ。

1997年にはミラノで初のメンズコレクションを発表し、メンズ・ウィメンズ双方で無駄をそぎ落として洗練された革新的なブランドとしての地位を高めていった。
サンダーのこの卓越した美的感覚は、ジル・サンダー創立以前に、ニューヨークで女性誌のファッションジャーナリストをしていたことで養われたものなのかもしれない。
また、ジルが革新的なメンズコレクションを発表した1990年代は、1980年代のゴージャスで装飾的なスタイルの反動が押し寄せた時期であった。その最中で、過剰な装飾を避け、心身にフィットするようなクリエイションを次々に発表していたジル・サンダーは、Helmut Lang(ヘルムート・ラング)やPRADA(プラダ)とともに時代の寵児に。
そんな親和性もあってか、のちのジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターには、プラダに所縁のある人物が就任したり、1999年にはプラダ・グループのブランドとなったりしている。

1997年ジル・サンダー初のメンズコレクション©Pinterest
2000年~2016年:変化を重ねるジル・サンダー
セレクトショップとしてスタートしたジル・サンダー。ジルは1973年にウィメンズコレクションを発表し、1997年にはメンズコレクションにも進出。ミニマリズムの寵児として一世を風靡したのちにプラダ・グループへの統合を経て、2000年に一度経営から撤退する。
2001-02秋冬コレクションから2003-04秋冬コレクションは、ミラン・ヴクミロヴィッチ(Milan Vukmirovic)がクリエイティブ・ディレクターをつとめた。
たとえば2002年の秋冬コレクションでは、サンダーの本質的な価値観───知的で自信にあふれ、厳格さと洗練さを備えた女性へのファッション───にプラスして、ヴクミロヴィッチの軽やかさと色彩の要素があらわれた。

ヴクミロヴィッチによるジル・サンダーを経て、2004年には一度撤退したサンダーがカムバックした。2004年、春のコレクションは、以前のサンダーに象徴される知的な女性像とは異なった提示で話題を呼んだ。
このコレクションでまず目に入ったのは白いコットンのスカートドレス。エアリーさや少女らしさが目を惹きこのコレクションは、繊細さややわらかな女性像が強調された。それは、働く女性たちのライフバランス、人生における感情のバランスを表しているという※1。

FALL 2002 Ready to Wear ©︎Marcio Madeira
2000年代初頭、ジル・サンダーはある意味慌ただしい時代であったと言えるだろう。2004年にカムバックしたばかりのサンダーだったが、翌年2005年には、ラフ・シモンズ(Raf Simons)がクリエイティブ・ディレクターに就任した。
シモンズ自身も1995年に自身の名前を冠したブランドでコレクションを発表しているが、ジル・サンダーでは、2006-07年秋冬コレクションから2012-13年秋冬コレクションの制作を行っている。
シモンズ自身のブランドでは、ユースカルチャーにインスピレーションを受けた反骨精神あふれるコレクションを発表していたが、ジル・サンダーではサンダーの美学を継承し、ミニマルかつリスペクトの溢れるコレクションをつくりあげた。

FALL 2006 Ready to Wear ©Marcio Madeira/ Don Ashby
シモンズらしさとジル・サンダーらしさが融合したコレクションは、2012年秋のメンズウェアで見ることができる。
このコレクションでは、スティーブ・マックイーンの問題作「Shame」など映画にインスピレーションを受けた舞台設定で、暗くシニカルな演出が施された。黒革やスーツなど伝統的な男性の象徴を再解釈し、不安や脆さを含む複雑な男性性を描きながら、権力構造や現代社会への批評的なメッセージを暗示する挑戦的なショーだ。しかし、そのひとつひとつのクリエイションにはジル・サンダーの伝統的なクラフツマン・シップが輝いている。

2012年、シーズンで言えば2014年春夏コレクションはサンダー本人が制作した。「軽やかで自然」がテーマのコレクションで、クロップド丈のパンツやネイビーのジャケット、艶めいて柔らかさを感じる生地は、エレガントな空気を纏いながらも素肌感があり、まさにエフォートレスなスタイルだ。

2014年春夏コレクション以降は、2017年までクリエイティブ・ディレクターをロドルフォ・パリアルンガ(Rodolfo Paglialunga)がつとめた。
パリアルンガは、10年以上プラダで経験を積んだデザイナーで、多様なインスピレーションをファッションに落とし込んだコレクションを発表している。
たとえば、2017年秋のメンズウェアコレクションでは、「Disgregation(分裂)」「Neo-Brutalism(新ブルータリズム)」「Solid Ground(堅固な大地)」「Zen(禅)」をテーマに組み立てられた。この4つのテーマは、ノーベル賞を受賞したアイスランドの作家ハルドル・ラクスネス(Halldór Laxness)の小説『INDEPENDENT PEOPLE(インディペンデント・ピープル)』の「極限の自然環境に対する保護の必要性」というイデオロギーにも影響を受けている。
アースカラーの色合いとかたい素材感が、物質性と無骨さを感じさせるスタイルとなった。

ハルドル・ラクスネス『INDEPENDENT PEOPLE』©︎Amazon

2017年~:ルーシー&ルーク・メイヤーのジル・サンダー
2017年に共同クリエイティブ・ディレクターに就任した、ルーシー・メイヤーとルーク・メイヤー。ジル・サンダーの歴史を築いてきた先人たちが、皆ブランド本社でコレクションの発表を行ってきたなか、ふたりは門出となる2018年春のコレクションの発表をミラノにあるオープン間近のモールで行った。
ルーシーはラフ・シモンズやDIOR(ディオール)で積み、ルークはSupreme(シュプリーム)で経験を積んだあと、OAMC(オーエーエムシー)を設立したファッション業界の敏腕夫婦なのである。

クリエイティブディレクター・ルーシー&ルーク・メイヤー ©VOGUE JAPAN

ジル・サンダーにおけるルーシー&ルーク・メイヤーのデビューコレクションSPRING 2018 Ready to Wear ©︎VOGUE
たとえば2022年の春夏コレクションでは、同年6月に赤ちゃんがうまれた二人の新たな心境を表すようなコレクションだったとVOGUEのエディターは述べている※2。
繊細な装飾とゆるやかで落ち着いたカッティング。若き世代の未来への希望を示すように、現実の生活とのつながりを感じさせるコレクションであった。

SPRING 2022 Ready to Wear ©︎VOGUE
また、2022年春夏コレクションで大きな話題を呼んだのが、新作バッグ「Cannolo(カンノーロ)」である。シチリアの伝統菓子「カンノーロ」からインスパイアされた円筒型のデザインが特徴的で、シンプルだからこそクラフツマンシップの技術が際立っている。
サイズやカラー展開も豊富で、どんなスタイルにもマッチするイットバッグと言えるだろう。たとえば、世界最大規模となる銀座店のオープンに際して、シルバーカラーのメタリックなカンノーロが限定販売された。


ジル・サンダーはOTBグループへ
2021年、MARNI(マルニ)やMasion Margiela(メゾン・マルジェラ)、DIESEL(ディーゼル)を擁するイタリアのOTBグループのブランドフォリオにジル・サンダーも加わった。
ジル・サンダーは、OTB基金と連携し、世界中の子どもたちを支援するプロジェクトなどを行っている。これらのプロジェクトでは、一部の売上が教育へのアクセス、心理的サポート、医療ケア、孤児院への支援のために充てられるのだ。
限定版Tシャツには、「for the children of the world」のメッセージとハートがデザインされている。

ジルサンダーの美学とアート/カルチャー/生活の共鳴
ジル・サンダー初のアートインスタレーション
インスタレーションとは、その場/空間全体を作品の表現とするアートを指す。
2024年にオープンした銀座の旗艦店には、初のアートギャラリーが併設された。この旗艦店兼アートギャラリーは、世界的に著名な設計事務所のCasper Mueller Kneer Architects(カスパーミュラー クニアー アーキテクツ)が関わっており、建築そのものも非常に美しい。
エターナルな時空間を彷彿とさせる内装は、天然素材や再利用素材が取り入れられており、銀座という都会にひろがる唯一無二の空間になっている。
エキシビジョンスペースには、イギリスの彫刻家レイチェル・ホワイトリード(Rachel Whiteread)の作品 「Bergamo II(ベルガモ II)」が展示された。


ジルサンダーと写真家たち
ルーシーとルークは、彼らのビジョンをコレクションだけでなくショップの内装やキャンペーンビジュアルでもわれわれに示す。
ブランドの世界観を「写真」というビジュアル化を通して表現するのがルーシーとルーク流のジル・サンダーだ。
2020年の秋冬コレクションのキャンペーンでは、ブランドと親交の深い5名のフォトグラファーと1名の映像作家とのコラボレーションを通して、コロナウイルスによる世界を包む大きな不安をやさしく包み込むようなジル・サンダーの世界観をあらわした。
六者六様に切り取られた、ジル・サンダーの世界観を堪能してほしい。なお、これらのコラボレーションは書籍としてまとめられている。

Jil sander official - 数多の広告を手掛ける写真家・MARIO SORRENTI ©MARIO SORRENTI


ふとした瞬間の生を切り取る写真家・ANDERS EDSTRÖM ©ANDERS EDSTRÖM


背反性を巧みに折衷する写真家・Chris・Rose©Chris・Rose

ドラマチックに光と影を切り取る写真家・Olivier Kervern©Olivier Kervern

透明感ある世界を映す写真家・Lina Scheynius©Lina Scheynius
静謐な世界観をもつ映像作家・ Stephen Kidd @Instagram
生活と文化に息づくジル・サンダー - 京都キオスクプロジェクト
過剰な装飾を避け、日常に寄り添うエレガンスを追求してきたジル・サンダー。ファッションブランドとして要である「衣」、ブランドの世界観を体感できる旗艦店である「住」はもちろん、それだけでなく「食」でもジル・サンダーらしさが感じられるプロジェクトを行っている。
2023年、京都・河原町の京都BALにコンセプトストア兼カフェ「ジル・サンダー キオスク」が1か月限定でオープンした。
カフェでは、京都老舗の「小川珈琲」がキュレーションしたジル・サンダーオリジナルのドリンクを楽しむことができる。また、ルーシーとルークがさまざまな写真家やアーティストとコラボレーションした写真集「FAMILIARITY(ファミリアリティ)」をはじめ、ルーシーとルークがセレクトした日本の文房具や、ブランドの世界観を構成している書籍・アートブック・雑誌などがキオスクに並んだ。

Familiarity, curated by Lucie and Luke Meier© Lucie and Luke Meier
ジル・サンダーは、ミニマリズムを超えた洗練を提案し、ファッションと生活とを融合させてきた。機能性と美しさの調和、そして余白にこそ宿る豊かさを追求するその舞楽は、時代を超えて愛され続けている。
一着一着に込められた思慮深いデザインと永続的な品質は、着る人の日常をさりげなく支えながら、特別な輝きを添えるのだ。
ジル・サンダーが生み出すのは単なる衣服ではなく、衣服に宿るストーリーと生き方への共感、そして慈しみの心。それこそが、ジル・サンダーが多くの人々に支持される理由と言えるだろう。
References
- VOGUE RANWAY「FALL 2002 Ready to Wear」
- ※1 VOGUE RANWAY「SPRING 2004 Ready to Wear」
- VOGUE RANWAY「FALL 2006 Ready to Wea」
- VOGUE RANWAY「SPRING 2014 Ready to Fashion」
- VOGUE RANWAY「FALL 2017 MENSWEAR」
- VOGUE RANWAY「SPRING 2018 Ready to Wear」
- ※2 VOGUE RANWAY「SPRING 2022 Ready to Wear」
- Jil sander official「JIL SANDER FOR OTB FOUNDATION CELEBRATE THE SEASON OF GIVING」
- Jil sander official「THE FW20 CAMPAIGN PROJECT」
- Jil sander official - 『Familiarity』
- OTB FOUNDATION
- La Pouyette...and Things of Life「Fashion - Jil Sander - part 2」
- YESON FASHION「这位极简女王 Jil Sander 的个人展览」
- Jil sander official - ニッキー・マクラロンが捉えた京都キオスクプロジェクト
- VOGUE PAPAN 「ジル サンダーが過去最大規模の旗艦店を銀座にオープン!」
- 美術手帖「ジル サンダーが初のギャラリーを設置。レイチェル・ホワイトリードの作品を常設」
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