JACQUEMUS:パリと南仏を独自の世界観で表現
ジャックムス(JACQUEMUS)は、サイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)によって2009年に設立されたフランスのファッションブランド。その特徴は、ミニマリズムと遊び心が融合したユニークなスタイルにあり、シンプルでありながら、独創的なシルエットや細部にこだわったデザインが人気を集めている。
特に、目を引く鮮やかな色使いや、生地をねじったり膨らませたりする手法、そしてモダンなカッティングや立体的なパターンによって生み出される美しいフォームが、JACQUEMUSの魅力を一層引き立てている。そのデザインは、都会的で官能的な要素を持ちながらも、南仏の自然の美しさを思わせるピュアさを感じさせる。
本記事では、そんなジャックムスのブランドヒストリーと魅力を紹介する。
サイモン・ポート・ジャックムス©︎ FashionUnited
ブランド名は母の旧姓にちなんで
1990年、サイモンはフランス南部の小さな町で生まれた。農業を営む両親と共に過ごした幼少期は、後に彼のデザインに大きな影響を与えることになる。成長と共にパリの華やかな世界に憧れを抱き、18歳でパリのエスモードに入学。しかしその直後、最愛の母を不慮の事故で失う。この悲劇的な出来事を経て、彼はふと「準備はできた。自分の本当にやりたいことがわかった」と確信したという。そして2009年、わずか19歳で「JACQUEMUS(ジャックムス)」を設立。ブランド名は、彼にとって永遠のミューズであり続ける母、ヴァレリー・ジャックムス(Valerie Jacquemus)の旧姓を冠している。
幼少期のサイモンと母ヴァレリー・ジャックムス©︎ Kickgame
昼はセールスマン、夜は駆け出しのデザイナー
ブランド設立後、サイモンは生地屋の集まるマルシェ・サンピエールで出会った裁縫師の助けを借り、最初のコレクションの制作を開始。初期コレクションは、限られたリソースの中で生まれたミニマルなデザインで注目を浴びた。
彼の3回目のコレクションが、東京にいたコム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)の創設者 川久保玲とパートナーでCEOのエイドリアン・ジョフィー(Adrian Joffe)の目に留まり、高い評価を受けた。その評価を聞いたサイモンはショーの資金を作るため、コム デ ギャルソン・パリ店でセールスマンとして雇ってもらえるようジョフィーに直談判したという。最初は若く有望なデザイナーを店で働かせるわけにはいかないと断ったジョフィーだったが、サイモンの熱い説得を受けた末に承諾。こうしてサイモンは2年間、昼は店舗で働き、夜は次のコレクションの製作をするという生活を送ったという。その後ジョフィーは、(彼が)経営するロンドンのセレクトショップドーバーストリートマーケット(Dover Street Market)でサイモンのコレクションを取り扱うようになった。
ジャックムスのコレクションを追う
”ストライキ”からはじまったキャリア ─2011
パリのすべてのファッショニスタが集うヴォーグ・ファッション・ナイトの日。彼は自身の「L'Usine」(ザ・ファクトリーの意味)コレクションを着た友人たちとともに「ジャックムス・オン・ストライキ」の看板を振り回し、パリ・ファッションウィークのショー周辺を占拠。このコレクションはミニマリストでカラフルなボイルウール生地の服を着た女性たちが住む、”働く”世界を想像して創られたため、ストライキとして表現。このストライキが業界の注目を集め、翌年、パリ・ファッションウィークに招待された。彼は「フランス人は“抗議”が好きだからね(笑)」と語っている。
当時最年少。ファッションウィークデビュー ー2012
パリ・ファッションウィーク公式スケジュールデビュー。22歳の彼は、フランスのファッションウィークに参加した最年少デザイナーとなった。このコレクションは、フランスの女優イザベル・アジャーニの1984年のヒット曲で、水泳をテーマにしたミュージックビデオ「Pull Marine」にインスピレーションを得ており、パリのバスティーユ地区にある公共プールで開催した。タイトルはその名も「La Piscine(スイミングプール)」。
サイモンはコレクションの発売に合わせて、短編映画「La Piscine, un Documentary sur la Grande(スイミングプール:何もしないことについてのドキュメンタリー)」を公開。(Vogue France独占公開)
「La Piscine, un Documentary sur la Grande」©︎Vogue France
2013-14年AWコレクション 「JACQUEMUS / DEFILE / LA PISCINE / L'HIVER 2014 ©︎Vimeo
「LVMHプライズ」受賞ー2014,2015
2014年には、LVMH (モエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループ)主催、若手デザイナーの登竜門とも言われるコンテスト「LVMHプライズ」のファイナリストに選ばれ、翌年の2015年には、同プライズの特別賞を受賞。
シグネチャーバッグの誕生 ー2017
2017年SSコレクション「La Bomba」はバカンスにぴったりのコレクションでパリのピカソ美術館で発表された。サイモンのファッションに対する独自のアプローチを示した重要なコレクションとなり、特にミニバッグ「Le Chiquito」が話題に。
メンズラインを展開ー2018
6月に行われた2019年SSショーの舞台は、マルセイユ近郊のカランク自然公園にある入り江、カランク・ド・ソルミウのビーチ。初のメンズウェアコレクションを発表した。当時サイモンはある男性と恋に落ちたことをきっかけにメンズラインの制作を開始し、そのニューヨーカーの彼のエッセンスも取り入れられているそう。コレクションのタイトルは「Le Gadjo(ル ガッジョ)」。このスタイルは、南仏でロマの男たちがよそ者を「ガッジョ」と呼ぶことに由来している。まさに「この人一体、誰?」と思わせるような独特で異質な雰囲気を持ち、他者から見て謎めいた存在感を醸し出す一歩踏み出したスタイルにしたかったとサイモンは語る。
カフェをオープン! ー2019
2019年にはパリのシャンゼリゼ通りに「シトロン(CITRON)」というカフェをオープン。サイモンの出身地、南仏のリゾート地をイメージさせる内装で、パリにいると思えないほど夏の南仏の穏やかでのどかな空気感を感じることができる。
「シトロン」の内観 XAVIER GRANET / WWD (c) FAIRCHILD PUBLISHING, LLC
ブランド設立10周年記念ショー ー2020
「Le Coup De Soleil(日焼け)」と称した2020年SSのコレクションは、パンデミックの影響でデジタル・ファッションショーとなった。ブランド設立10周年記念でもあるこのショーの舞台は、南仏プロヴァンスのラベンダー畑。その中に500メートルものホットピンクのカーペットのランウェイを引いて開催されたこのショーは、遊び心がありどこか牧歌的で、シックな美学を追求する「ジャックムス」を体現するかのようだと絶賛された。
自動販売機型のポップアップストア ー2021
新シーズンのバッグ「Le Bambino Long」の発売を記念し、「JACQUEMUS 24/24 」と称したポップアップストアをパリにオープンした。このストアは、自動販売機にインスパイアされた斬新かつ、革新的なポップアップとして話題を呼んだ。このポップアップストアはパリではピンク、ミラノではホワイト、ロンドンではブルーと場所によって色を変えて展開。
「JACQUEMUS 24/24 」©︎ Glamcult, VOGUE Business, Superfuture
NIKEと初コラボー2022
AWコレクション「Le Papier」ではNIKEとコラボレーションした2足の Air Humara LX を発表。これ以外にも全15点のアイテムをデザインしブランドの人気を確立した。
期間限定フラワーショップをオープン
さらに同年、ピカソやダリなどが住んでいた芸術家の村、パリ18区に期間限定でフラワーショップ「Les Fleurs」をオープン。ラッピングペーパーにはこれまでのコレクションのアイコニックな生地を再利用した。
リサイクルに配慮のあるこのアプローチは、季節の花を持続可能な方法で栽培する南フランスを拠点とする会社、レ・フルール・ド・ポールと一緒に起こしたもの。コレクションをデザインする際のインスピレーションの一部でもある“花”を大切にするサイモンの想いが詰まっている。さらに、ラッピングペーパーとしてリサイクルされた生地を、購入者がスカートや装飾品にし、またリサイクルするムーブメントも広がった。
フラワーショップ ©︎ FRONTROW, divisare
ギャラリー・ラファイエットでのポップアップ ー2023
没入型ポップアップストアが、パリ屈指のデパート、ギャラリー・ラファイエットで開催された。サイモンは、来場者がジャックムスの物語を自身で発見する“体験”を提供したかったと語る。商品の販売だけでなく、写真ブース、フラワーショップ、コーヒーショップなどにも展開し、ジャックムスの世界に没頭できる空間を作り上げた。
ギャラリー・ラファイエットでのポップアップ ©︎ Guconsultancy, WWD
デザインはストーリー作りから。
幼い頃から自分が主役のストーリーをブログに載せており、フランスでは人気作家だったというサイモン。服を作る時にもストーリー作りから始めるそう。まるで映画を作るかのようにストーリーを書き、全てのコレクションにタイトルをつける。
すべてL'、La、またはLeで始まるのはゴタールの映画の影響。その他にも80年代のフランス映画や、画家パブロ・ピカソにもインスパイアされているという。また農民である両親の影響も色濃く、「農民って、最高に詩的で、美にこだわる人たちだ。」と彼は語る。彼の父親はバンドをしており、夜になるとドレスアップして、ロックを歌いに出かけた。母はデコレーションに凝っていて、カーテンから家具まで家にあるものは全部、手作りだったという。
ゴタールの映画、ピカソ ©︎ at the movies,西洋絵画美術館
こうしてストーリーができたら次に服を作る。コンピューターではデザインせず、直接フィッティングモデルに生地をあて服を成形していくという。他にデザイナーを置かず、シンプルなTシャツでさえもサイモン本人がデザインし続けている。
おわりに
現在も革新的でユニークなポップアップストアや、強力なソーシャルメディア戦略を展開し、ファッション界に新しい風を吹き込んでいるジャックムス。南仏の小さな町から世界的なファッションアイコンへと成長した背景には、彼の愛する人たちや故郷に対する深い想いが息づいている。