VETMENTS:トレンドを越境するパリのイノベーター

VETMENTS:トレンドを越境するパリのイノベーター

2024年、春のコレクションで話題となったブランドがある。巨人が着るようなビッグシルエットを携えてカムバックした「VETMENTS(ヴェトモン)」だ。

ヴェトモンを表すキーワードをあげるなら、「ポップカルチャー」「ストリート」「ビッグシルエット」「クチュール」などがあるだろう。一見ばらばらに散りばめられたワードだが、これらのワードは、感度が高いファッション好きにこそ刺さるキーワードなのだ。

世界中のファッショニスタやデジタルネイティブの服好きたちが注目しているヴェトモンの成り立ちや世界観を見ていこう。

SPRING 2024 MENSWEAR

ジーニアスでトレンドバウンダーなデザイナー集団によるヴェトモン

昨今はBALENCIAGAのデザイナーとして日夜服好きの話題となっているデムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が、ヴェトモンの設立者だ。

デムナは、弟のグラム(Guram)とMAISON MARTIN MARGIELA(メゾン・マルタン・マルジェラ)で経験を積んだジーニアスたちを引き連れて、ファッション業界に旋風を巻き起こした。

EL PAIS - デムナ(左)グラム(右)©EL PAIS

ヴェトモンでは、本来服を着る側であるモデルもそのクリエイティブな活動に関わっている。例えば、ヴェトモンのミューズであり、スタイリングまで手掛けるロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)や、モデルをしながらもランウェイのDJを務めるClara3000にも注目したい。

ヴェトモンはクリエイションだけでなく、ヴェトモンの世界観がデザイナーやモデルの垣根を越えてつくりだされるという点でもイノーバティブなのだ。

VOGUE JAPAN - 左からデムナ、ヴェトモンのミューズでありスタイリスト・ロッタ、モデル兼ランウェイDJのClara3000©Colin Dodgson

2014年にスタートしたヴェトモンだが、翌年の2015年にはLVMHプライズ2015のファイナリストに選出されている。

LVMHプライズとは、Louis Vuitton(ルイ・ヴィトン)をはじめとするラグジュアリー産業の世界最大級コングロマリットであるLVMHが創設した賞だ。若手のファッションクリエイターの支援や育成を目的とした賞で、毎年注目を集めている。※1

ヴェトモンの先導者 - デムナ・ヴァザリア

ここからは、ヴェトモンの顔・デムナ・ヴァザリアについて紹介しよう。

まず、デムナのプロフィールに触れる前に彼のインスピレーションを押さえておきたい。なぜなら、インスピレーションが、彼の生い立ちに深くかかわっているからだ。

デムナのインスピレーションからヴェトモンまで

デムナはインタビューで「インスピレーションは既存の服と身近な世界※2」と語っている。デムナのこのような考えは、彼の生まれと幼少期の経験が関係している。

デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)は1981年、ジョージアで生まれた。

デムナは11歳のとき、ジョージアとアブハジアの人々の間で起きた民族紛争に巻き込まれたそうだ。ヴァザリア一家は避難を余儀なくされた。デムナの祖母は地下のガレージで、デムナに爆発の轟音を聞かせないために楽器を演奏していたという。※3

New York Times - デムナ パリの自宅にて©Lise Sarfati

幼少期の凄絶な経験を、デムナはコレクションで表現している。例えば、2019年には、1990年代のジョージアで彼と彼の家族、ジョージア人たちが見た暴力に触発されたコレクションが発表されている。

このコレクションでは、ジョージアで起きた暴力を世界中の人に知ってもらうための取り組みも行われた。ヴェトモンのアプリをダウロードし、コレクションのタトゥースキンをスキャンすると、ジョージアの大量虐殺について詳述されたリンクに誘導されるようにしたのだ。

VOGUE RANWAY - SPRING 2019 MENSWEAR©Luca Tombolini / Indigital.tv

ヴェトモンからバレンシアガへ

2015年、デムナはBALENCIAGA(バレンシアガ)のクリエイティブ・ディレクターとして新たなスタートを切った。

ファッションを通して社会へメッセージを発信し続けてきたデムナの挑戦はバレンシアガでも健在だ。例えば、デムナのコレクションではしばしばフェイスシールドが登場するが、このフェイスシールドにもメッセージが込められているのだ。

それは現代に溢れるカメラの目を避けるためであり、コンテンツから身を守るためでもあるという。2022-23の秋冬クチュールコレクションでは、最新テクノロジーと伝統的なオートクチュールのアーカイブを融合させたコレクションで話題を呼んだ。

BAZAAR ©Julien T. Hamon

このフェイスシールドは、メルセデスベンツ・グランプリの一部門であるメルセデスAMG F1アプライドサイエンスによって設計され、通気性や防曇まで計算されたハイテクノロジーアイテムだ。

漆黒のなかで煌めく時計のリングは、アンティークの時計をアップサイクルしたもので、伝統とテクノロジーの融合が際立ったコレクションとなっている。

弟・グラムが継いだヴェトモン

2021年、ヴェトモンのクリエイティブ・ディレクターに就任したグラム・ヴァザリア。

2015年にバレンシアガのクリエイティブ・ディレクターとなってからもヴェトモンのCEOとして籍を置いていた兄デムナが、2019年に退任して以来空白だったポストに座ることとなった。

クリエイティブ・ディレクターの就任に際して、グラムは以下のように語った。

「今回、就任を発表したのは注目を集めたいという目的からではない。私は自分のことを語るタイプではないが、公にすることで、ファッションは大好きだけど両親に反対されるのを恐れて口に出せない子どもたちを勇気づけたいと考えた」※3

グラム・ヴァサリア ヴェトモンCEO、新クリエイティブ・ディレクター ©︎ FAIRCHILD PUBLISHING, LLC

クチュール?↔ストリート?

身近な世界にインスピレーションを受けながら、エレガンスさも忘れない。天才的なバランス感覚でカルト的なファンも多いデムナのクリエイション。

強烈なニ面性を持つヴェトモンの世界観を堪能しよう。

MET GALAに君臨したヴェトモンの世界観 - A面

MET GALA(メットガラ)とは、毎年5月第1月曜日(メットガラ・マンデー)にニューヨークのメトロポリタン美術館コスチューム・インスティチュート(服飾研究所)で開かれる展覧会のオープニングを飾るファッションの祭典だ。

US版『VOGUE』編集長のアナ・ウィンター(Anna Winter)が主催し、チケットの売上は、コスチューム・インスティチュートの活動資金に充てられる。芸術文化としてのファッションを守り、伝えていくためのアカデミックな一面もあるイベントだ。

数々のブランドとインフルエンサーたちが、腕を振るって毎年異なるテーマに相応しい装いを披露する華やかな祭典である。

MET GALA2024 - The Garden of Time

2024年の展覧会のテーマは「Sleeping Beauties: Reawakening Fashion(眠れる美女たち:ファッションの再覚醒」。したがって、メットガラのドレスコードは「The Garden of Time(時の庭)」となった。

グラムのヴェトモンを纏ったのは、ドージャ・キャット(Doja Cat)。アメリカのシンガーソングライターであり、ラッパーでもある。周囲をサプライズさせるファッションが好きなドージャらしい斬新なルックで話題となった。

メットガラにヴェトモンのクリエイティブディレクターで創業者のグラム・ヴァザリアと登場したドージャ・キャット©Kristina

メットに向かう前のマーク・ホテルでグラムとドージャをキャッチ。ドージャは頭と身体に白いタオルを巻いた姿で現れた。首元にはダイアモンドが光っている。ダイアモンドのネックレスやアクリルのクリアなピンヒールに合わせた奇抜なバスタオルドレス。

実はグラムとドージャが張った、メットガラへの特大伏線でもあったのだ。

バスタイムを満喫したあとのようなバスタオル姿を披露したドージャだったが、メットガラにはタイムトラベルしてきたのだろうか。濡れそぼったTシャツドレスで現れた。

©︎VOGUE

「時の庭」というテーマにぴったりの遊び心が効いたクリエイション。

Tシャツドレスというカジュアルなアイテムをベースとしつつも、下半身の絶妙なタイト感と上半身のゆったりとしたシルエットのバランスがエレガントな印象を与えている。

TシャツドレスはTPOの観点から賛否両論を呼んだが、だからこそヴェトモンはTシャツドレスを選んだのだろう。「私は他と溶け込むのはあまり好きじゃないから※4」と語るドージャの心を反映するような、大胆不敵なスタイルはヴェトモンのお家芸だ。

ヴェトモン愛好家のスナップで辿る世界観 - B面

ヴェトモンの魅力はラグジュアリーな世界に留まらない。メットガラのヴェトモンがA面だとしたら、知る人ぞ知る名曲ぞろいのB面のようなディープな一面も持っているのがヴェトモンの強みだ。

2020-21年秋冬のコレクションでは、ショーを一目見ようとチケットを持たない若者たちが会場に集まった。

ヴェトモンを意識したギークなスタイリング、古着をオリジナリティたっぷりに着こなした若者など個性的な面々が顔を揃えている。ヴェトモンが追求してきた「既存の服と身近な世界」を反映したクリエイションへの愛が、ヴェトモン・ラバーのスナップからも伝わるだろう。

WWD JAPAN - ヴェトモン2020-21秋冬コレクションの会場に集まったヴェトモン・ラバー©KO TSUCHIYA

ヴェトモンが巻き起こすトレンド革命

ラグジュアリーかつストリートな世界観で、新たなファッショントレンドを作りあげたヴェトモン。いずれのコレクションも斬新な方法で我々に「ファッションとは何か」を問いかけてきた。特に話題となったコレクションを3つ紹介しよう。

Fall 2015 Ready-to-Wear

ヴェトモン3つ目のコレクションとなる2015年秋のレディトゥウェア。数か月前に発表された前回のコレクションから、このコレクションが発表されるまでの間に、ヴェトモンはLVMHプライズの準決勝出場を決めている。

この時点ですでにヴェトモンは頭角を現していたのだ。エネルギーに満ちたこのこれkンションで特に目を惹いたのは、消防士(Sapeurs-Pompiers)や警備員(Sécurité)を再構築したルックだ。

2015年のはじめにパリを恐怖に陥れたテロリスト襲撃事件への応答であるかのようだとVOGUEのディレクター、ニコル・フィリップス(Nicole Phelps)は述べる※5。

Vetements2015 Ready-to-Wear©Marcus Tondo / Indigitalimages.com

SPRING 2017 Ready-to-Wear

ファッション業界が大きく変わろうとしていた。VOGUEのリポートによると、ヴェトモン2017年春のコレクションは「パリのファッションの信頼性を劇的に向上させる偉業を成し遂げ、さまざまなレベルでブランドが”正しく”運営されるべきだとされる古めかしい規則の半数以上を皮肉たっぷりに覆すものだった※6」という。

実際、このコレクションは、ファッション業界で大きな影響力を持つフランスオートク゚チュール組合(Chambre Syndicale de la Couture)から寛大に歓迎された。

注目ポイントひとつめ。メンズとウィメンズウェアの統合だ。毎年メンズ・ウィメンズに分けて複数回行われるコレクションの人件費やコストの問題は長年の課題であったし、ジェンダーの観点からも革新的な取り組みだった。

SPRING 2017 Ready-to-Wear© Yannis Vlamos / Indigital.tv

注目ポイントふたつめは、複数のブランドとの完全コラボレーションを実現した点だ。Levi’s(リーバイス)、Comme des Garçons Shirt(コムデギャルソン シャツ)、Reebok(リーボック)、Canada Goose(カナダグース)、Dr. Martens(ドクターマーチン)、Alpha Industries(アルファ・インダストリーズ)、Brioni(ブリオーニ)、Schott(ショット)、Eastpak(イーストパック)、Lucchesse(ルケーシー)、Manolo Blahnik(マノロ・ブラニク)などのブランドとコラボレーションした。

革新的だったのは、これらの衣服が、各ブランドの専門工場で製造されたこと。したがって、デムナは「これはひとつつのコレクションではない。18のコレクションである」と各小売業者に説明したという※7。

それぞれのブランドの味を活かしたコレクションのディティールを楽しんでほしい。

SPRING 2017 Ready-to-Wear© Yannis Vlamos / Indigital.tv

SPRING 2025 Ready-To-Wear

「Time To Clean Up The Mess(混乱を片付ける時)」と名付けられたこのショーに訪れた人々を迎えたのは、デッドストックの強大な山だった。グラムは、今回のコレクションの思いを以下のように語る。

It speaks to a future where consumers no longer have the desire, or the means, to participate in relentless luxury consumption. Instead, they adopt a DIY mindset, creating unique, conceptual pieces from what remains,(消費者がもう贅沢な消費に参加する欲望や手段を持たなくなる未来を語っている。その代わりにDIYの精神を取り入れ、残されたものからユニークでコンセプチュアルな作品を生み出す。)※8

2025SS発表直前の投稿@vetments_official

グラムはこのコレクションでラグジュアリーファッションの過剰生産の問題を提起した。既存のものを分解し再構築する手法は健在だが、グラム流の風刺が炸裂している。配送会社DHLのテープを巻き付けたり、意図的に取り付けられたままのタグで現代の消費主義を表したりしたのだ

©Daniele Oberrauch / Gorunway.com

奇抜なだけでなく、デイリーユースしやすいアイテムが多いところもポイントだ。世間に嫌気がさしたとき、ニヒルでサティアなヴェトモンを纏って街に出れば、それ自体が一種の声明となる。

日常の喧騒やルールから解放され、自分自身の感性で世界と対峙する準備が整うだろう。ヴェトモンはただの服ではない。これは現代における自己表現の最前線であり、どんな日常も非凡に変える力を秘めた、モードの革命なのだ。

References

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